第15話 世界は俺を中心に回っているし、都合の悪いことは起きない
「……アシュヴィンと出会ったころのことを思い出したよ」
表面上はにこやかに、内心では苦々しく顔を歪める俺。
本当、愛想もくそもなかったよな、お前。
ぶっちゃけ、あの時は俺の手駒がまったくいなかったから根気強く接触したが、今だったら絶対にしないだろうな。
しかし、今ではアシュヴィンも立派に俺の手駒。
都合よく動いてくれるので、結果オーライである。
酒を自由に飲ませてくれないこと以外は完璧だしな。
いつナナシを首にしてもかまわない。
早くナナシの家事能力を全部奪い取ってほしい。
無駄に能力だけはあるから斬りづらいんだよな、首。
『それって物理的な意味じゃないですよね? いえ、そうじゃなくても困るんですけど。退職金にアポフィス家のすべてを譲渡してくれたらさっさとどこかに行きますが』
寝言は寝て言えよ。
『ご主人様は異民族などは気にされないんですよね』
俺の言葉に不穏なものを感じたのか、あっさりと話題を変えてくる。
アシュヴィンに矛先を向けようとしやがって……。
なんて卑劣な奴だ。
お前は、俺に一生こき使われることがお似合いである。
それで、異民族だったっけか?
やけにこの国って、異民族に対する当たりが強いんだよな。
いや、俺も好きではない。
人の財物を当たり前のように強奪していく連中である。
好かれるはずもない。
アポフィス領の財物はすべて等しく俺のものだしな。
俺のものを盗まれているようなものだし、当然嫌いである。
『ご主人様に好きな人っているんですか? 恋愛的な意味じゃなく、人間として』
いないけど?
『尊敬する人は?』
この世で尊敬できるのは、俺自身しかいないよね。
で、俺の異民族に対する考えだっけか?
正直、アポフィス領をうまく回して俺のことを養ってくれるんだったら、異民族とか心の底からどうでもいい。
というか、そもそも異民族とかそうでないとか、俺の前ではどうでもいいことなんだよな。
異民族でも俺の役に立つんだったら重宝するし、異民族じゃなくても俺の役に立たないんだったらいらないし。
どっちも、俺の前では平等に手駒でしかない。
『うーん……』
「お恥ずかしい過去ですわ。今のわたくしの前にいれば、殴り殺していますわ」
恥ずかしそうに笑みを浮かべるアシュヴィン。
え? 俺を?
『警戒心の強さは小動物並みですね、ご主人様』
話の流れ的に俺ではないと分かっていても、とりあえず一度は警戒してみる。
それが、俺である。
「失礼な態度をとり続けてきましたわ。だからこそ、今わたくしはバロール様のために、滅私奉公……なんでもする所存ですわ」
とっても素晴らしい心意気だね。
お前が俺から受けた恩は、一生かかっても返しきれるものじゃないから、精一杯励んで俺の役に立つんだよ。
じゃあ、とりあえずアポフィス領主の権利を全部あげるから、うまく回して俺を養ってくれない?
『ご主人様、それは不肖ながらわたくしめが……』
お前はマジで不肖だからヤダ。
「ははっ、そんな気張る必要なんてないさ。今までのように、俺のことを手伝ってくれたら、それで十分だよ」
そんなことを言ってしまう俺、聖人。
ガチでこれほど性格のいい貴族がいるだろうか?
いや、いない。
「もったいないお言葉ですわ。わたくし、バロール様のために、必ずやり遂げてみせますからね」
「うん。……なにを?」
心意気はいいんだけど、主語をちゃんとつけてくれないから、何をやり遂げてくれるのか分からない。
アポフィス領をうまく回して養ってくれることをやり遂げてくれるの?
すっごい嬉しい。ハッピーです。
『バロール・アポフィス! 門を開け、私を招き入れたまえ! あのお方からの使者である!』
急に外から大声が聞こえてくる。
あまり見ない光景だ。
俺は他の貴族と違って領民にとっても優しいスマートな男だから、頻繁に街におりている。
そこで要望とかを聞くので、わざわざ屋敷までやってくるというのがあまりない。
というか、決まりだと嘆願書を提出するんだよ。
こんなふうに一人一人会っていたら、時間がないだろうが。
そもそも、誰やねん。
あのお方って……名前も呼べないくらいやばい奴なの?
あと、この俺にため口で話しかけてくるとか何様?
もう一気に会う気なくなったわ。
居留守使ったろう、居留守。
『領主邸宅で居留守なんて前代未聞ですね、ご主人様』
はー。
確かに、呼び出されて居留守していたことがばれたらなあ……。
こいつが誰だか分からないが、おそらくは領民だろう。
領民の嘆願を無視した、なんて噂を流されたら、面倒極まりない。
もちろん、その程度で人気が落ちるような脆弱な地盤固めはしていないが、余計な心配を残したくはない。
俺は嫌々重たすぎる腰を上げようとして……。
「いえ、ここはわたくしが対応いたしますわ」
「アシュヴィン……」
スッと進言してくる。
最高や……。
何もしないで部屋の隅でぼーっとしていたナナシなんていらなかったんや……。
『!?』
「そもそも、アポイントもとらずにいきなりやってきたのですから、文句は言わせませんわ。それに、気軽に領主とお会いできるというのは、このアポフィス領の……バロール様ならではのこと。当たり前のことだと思われるのも困りますわ」
仰る通りですね。
百パーセント、支持します。
だいたい、俺みたいな史上最高の領主と、いきなり会って話をしようだなんて失礼にもほどがある。
今回を例外として俺が対応したとしても、その噂が広がったら他の奴も同じ対応を求めてくるだろう。
絶対に嫌だ。
面倒くさい。
「ですから、バロール様はここでごゆるりとお待ちくださいまし。わたくしが成果をご報告に上がるまで」
成果?
いや、まあ普通に喋るくらいだったらそこまで言うほどじゃないと思うが……。
何か別のことをしようとしているとかじゃないだろうし……。
とはいえ、アシュヴィンが対応してくれるのはありがたい。
彼女に全部任せよう。
『あ……』
ナナシが、『あー、やっちゃったぁ……』みたいな声を念話で飛ばしてくるのが多少気がかりだが……。
「では、行ってまいりますわ」
それを確かめる前に、アシュヴィンがスタスタと歩いて行った。
……まあ、大丈夫だろう!
世界は俺を中心に回っているし、都合の悪いことは起きない。
そう信じている。
「ふいー。自分から面倒事を片付けてくれるとか、マジでいい拾い物をしたわ。さて、居眠りでもするかな」
「……知らぬが仏ですね、ご主人様」
「は?」
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