第8話 お前、マジでクソガキだったもんな



 「ふぁぁ……。おえぇっ! くそ……久しぶりに飲んだら頭いてえ……」


 ガンガンと痛む頭を押さえながら、身体を起こす。

 目を覚ませば、さっそくイライラする。


 酒ってなんで次の日に人を苦しめるのか。

 そういうのやめろよ。


「……おはようございます、ご主人様」

「……お前もか」


 フラフラとしながら部屋に入ってくるナナシ。

 身だしなみも多少緩んでおり、こいつも本調子ではないらしい。


 ……こいつ、酒飲みやがったな。

 とはいえ、俺も酒を止めろ、なんてことを言うつもりは毛頭ないし、それを制限するのもおかしいだろう。


 まあ、一応仕えている立場なのだから、次の日に持ち込むほど酒を飲むなって話だけど。

 俺はいいんだ。


 領主で貴族だから。

 偉いんだ、生まれながらにして。


 ナナシはやれやれとため息をつく。


「はい。酒ってなんで次の日に人を苦しめるんでしょうね。止めてほしいです」


 同じこと考えるなよ。

 なんで俺と考えていたことが一致しているんだよ。


 怖いよ。

 ただただ怖いし、気持ち悪いよ……。


「ご主人様秘蔵のお酒を一つ空けただけなのに……」

「ぶっ殺されたいの? なんでご主人様の秘蔵のお酒を、平然と飲めるの? 報告できるの?」


 誰の酒を飲んで二日酔いになってんだテメエ!

 てっきり、自分の金で買った酒を深酒したものだとばかり……。


 お、俺の秘蔵のお酒が……。

 アシュヴィンに認められたときにしか飲めない、数少ない楽しみがぁ……。


 いや、まあ気づかれないようにこっそり飲んでいるんだけどね。

 アルテミスとイズンを引きずり込めば簡単よ。


「バロール様、入室させていただいてもよろしいですか?」


 コンコンとノックされる。

 その瞬間、俺の意識が切り替わり、スーパーイケメン有能聖人領主へと変わる。


「ああ、もちろんだよ」

「……切り替え早いですね」


 呆れたように見てくるナナシ。

 切り替えができない奴はダメだと思う。


「あら、ナナシがもういたんですね。では、バロール様の御着替えはわたくしが手伝わなくてもよろしいみたいですわね」


 顔を覗かせたアシュヴィンは、どうやら俺の着替えを手伝ってくれるつもりだったらしい。

 ナナシが先にいるため、彼女に任せようとするので、俺が慌てる。


 待て待て。


「いや、アシュヴィンに頼もうかな」

「あら」


 ナナシに無防備な姿をさらせば、いつ刺されるか分からん。

 まったく信用していなかった。


 なら、アシュヴィンの方がマシだ。

 ……いや、そもそも着替えくらい一人でできるんですけどね。


 別に手伝いとかいらないんですけどね。


「では、僭越ながらわたくしが」


 楽しそうに俺の着替えを手伝ってくるアシュヴィン。

 鼻歌まで歌っている。


 声もいいし歌もうまいのだろうが、二日酔いの頭にはガンガン響くからやめてほしい。

 俺を苦しめて、何が楽しいのだ。


「そういえば、何か昨日の夜騒がしくなかったか?」


 ふと気になったことを尋ねてみる。

 酒を久しぶりに飲めてぐっすり寝ていたのだが、一度かなりやかましい男の声が聞こえたので、一瞬目が覚めたのだ。


 まあ、すぐに二度寝したけど。

 しかし、声は尋常ではなかった。


 あれ、悲鳴だったよな?

 ナナシは俺の秘蔵の酒を飲んでいたので処刑……じゃなかった、知らないだろう。


 アシュヴィンなら何か知っているかもと思って聞いてみたのだが……。


「いえ? 何もありませんでしたが……。お酒を飲んでいられたので、夢でも見られたんじゃないでしょうか?」


 キョトンと首を傾げるアシュヴィン。

 ふーん。


 男の断末魔の叫びが聞こえるものだから、かなりビビったけど。

 そうかそうか。夢か。


 確かに、酒は飲んだしなあ。

 アシュヴィンが言うならそうなのだろう。


「…………」


 ナナシの何とも言えない目が気になるが。


「ふふー」


 鼻歌を歌いながら、アシュヴィンは俺の着替えの手伝いを終える。

 肩についた小さな糸くずを払い、ピシッと衣服を伸ばして満足そうだ。


 そういえば、こんなふうにこいつが笑い始めたのは、いつだったか。


「ふふっ。わたくしがこうしてバロール様の御世話をできるなんて、思ってもいませんでしたわ」

「ああ、本当にな」


 アシュヴィンも同じことを思ったのだろう。

 ニッコリと笑いかけてくるので、俺も笑い返す。


 お前、マジでクソガキだったもんな。










 ◆



 異民族は、嫌われている。

 それもそうだろう。


 自分たちが必死になって作り出していった財産を、いきなり現れて暴力を用いて奪ってくるのである。

 定住しないからこそ、遊牧しながら財産を奪う文明を築き上げた異民族。


 褐色の肌という容姿に特徴的なものを持つ彼らは、この国でも猛威を振るっていた。

 好き勝手しているイメージの強い異民族であるが、もちろん被害者である側も黙っているはずがない。


 防衛し、迎撃し……そして、捕まえてみせる。

 まだその戦いの中で殺された方が、異民族的には幸せだろう。


 なにせ、捕まった先に待っているのは、異民族に対して強烈な憎悪を持つ人間たちである。

 また、こういった文明を築いているからこそ、彼らは野蛮とみなされ、自然と見下されていた。


 そう、同じ人間ではないのだと。

 あまりにも暴論である。


 だが、この国では、その論理はそれほど的外れではなく、実際にそう思っている者が主流になるほど多かった。

 そして、そんな国で捕虜となった異民族に何が待っているのか。


 地獄であると、簡単に推察できるだろう。


「大丈夫。お姉ちゃんが守ってあげますわ」


 そんな国で、そんな捕虜として、アシュヴィンは生きていた。



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