第6話 双子
今回の夢は現実とリンクしているので、語り始める前に実際の出来事を話して置かなければなりません。
以前に、三年ほど付き合っていた彼女との話です。
出会ったのは僕が勤めていたパブレストランでした。
いつの間にか、僕らが互いに意識をし始めた頃のことです。
ある夜、カウンター席に座って居た彼女に、
「表通りの茶房で待ってて」
と、僕がカウンター越しに彼女に伝えると、彼女は微かに頷いてくれました。
営業が終わり茶房に向かうと、数人の客に紛れて二人掛けのテーブルに彼女が居ました。
やはり、彼女も僕に好意を寄せて居たようです。
僕らは茶房にしばらく居て、夜明け近くに僕のアパートに向かいました。
部屋に入ってからしばらくは他愛のない話を続けて居ましたが、互に眠気に襲われたので、一つの布団に体を寄せ合って眠ることにしました。
とは言え、男女が身体を寄せ合って居て素直に眠れる筈が有りません。
僕の眠気眼(ねむけまなこ)はむらむらと湧き上がる欲望に強いられ、忽ち、ギラギラとし出しました。
彼女の胸の内は皆目見当も付きませんでした。
で、恐る恐るその身体に手を忍ばせて見ると、
「えっ!」
「あっ!」
「うっ!」
彼女は僕がするがままに、戸惑いを覚えながらも抗うことなく身を任せてくれてるでは有りませんか。
その夜から、僕らの交際は始まりました。
週に一二度、彼女は僕の部屋に泊まるようになりました。
二か月くらい経った頃です。
僕が拵えた俄か作りのベッドで僕らは身体を寄せ合って居ました。
前戯を終え、二人の股間が交わりあって間もなくの事です。
「あっ!」
と、互に口走りました。
「今の、何?」
「なんだろう?T子も感じたんだ?」
「うん。Kも。電流の様な物が~」
「僕もそんな感じがした」
一瞬、僕は下腹部に小さな稲妻が走ったような衝撃を感じたのです。
T子も同じ感触を覚えた様です。
何度も閨を共にして居ましたが、こんな経験は初めてでした。
その夜の不思議な体験は、やがて、曖昧さを抱えては居ましたが頷ける事となって行きます。
それから数週間が過ぎ、季節は秋から冬に移ろうとしていた頃です
茶房で待ち合わせをしたのが秋口だったのだから、二人の関係は蜜月に至って居たと言えます。
「来ない」
「何が?」
「生理」
互いに複雑な状況に追い込まれ行きました。
僕は無類の子供好きでした。
従って、T子の妊娠は喜ばしい事です。
でも、僕自身の経済力を考えると先行きに暗い影が見えて来ました。
おまけに、飲み屋街で働いて居る事は胸を張って語れることでは有りません。
T子は近くの産婦人科に行った帰りに僕のアパートに寄りました。
「三か月だって」
T子は笑みを浮かべながらそう言いました。
恐らく、その笑みには妊娠しているか居ないかの不安から解放された事も含まれて居たのだと思います。
真新しい母子手帳を誇らしげ見せてくれました。
僕らは有る事に思い当たりました。
セックスの途中に下腹部に電撃が走ったあの時、T子の身体、子宮の中に生命が宿ったんだと。
科学的な根拠など持ち合わせて居ない僕たちでしたが、そう思わずには居られませんでした。
人としての命の始まりは、どの時点からか分かりません。
卵子と精子が結合した時なのか、受精卵が進化に従って成長して行く過程でなのか。
ただ言えるのは、子宮の中で生命が宿った事を知らされる出来事が有ったという事実だけです。
それから、妊娠時の注意事項が書かれた冊子も見せてくれました。
事細かに書かれて有ります。
妊娠時の性交の体位まで書かれていた思います。
勿論、僕も喜んでいました。
彼女の下腹部を触る手が、何処となく震えて居たのを覚えています。
さぁ、それからが大変です。
僕は実家に電話を入れました。
母親はさほど驚いては居ませんでした。
義父は何かと突っかかってきましたが、僕は聞き流して居ました。
「父親面して、何を言って居るのだ」
と、そんな気持ちで居たと思います。
それから数日後、T子の家を訪れました。
両親の前で、
「私は産むからね!」
彼女は怯(ひる)むことなくそう言い張りました。
勿論、僕もそれを望んで居ました。
彼女の両親にすればとんでもない話です。
娘が、何処の誰とも知らぬ男を連れて来て、
『妊娠した。産みます』
ですから、眉を吊り上げるのも尤もな事です。
T子の両親から質問攻めに合うのも当然です。
「歳は?」
「仕事は?」
「家は?」
「給料は?」
「・・・は?」
僕はぼそぼそと答え続けますが、
『~なら』
と、気の良い返事は帰って来ませんでした。
その後に出て来る言葉は自ずから知れていました。
「堕胎(おろせ)!」
「別れろ!」
頭を下げてもなんの効果もなく、気落ちして行くばかりでした。
気まずい雰囲気が長く続いた様に思えます。
何時まで経っても埒が明かないので、僕は日をあらためる事にしました。
その日から一週間が過ぎた頃です。
突然、T子と連絡が取れなくなりました。
実家にも居ません。
心当たりの人に尋ねてみましたが、行方は分かりませんでした。
何も手に付かないのは当たり前のことです。
身重の彼女が急に姿を消したのだから。
悶々とした日が二日過ぎました。
昼過ぎにひょっこり部屋に現れたT子から、何処となく気が抜けた様な弱々しさが感じらました。
『一体、何処で、何を~』
と、言いかけた僕に向かって、
「赤ちゃん、もう、居ない」
T子は呟きました。
勢い込んで母子手帳を僕に見せていた彼女からは想像も出来ない結果を知らされ、僕はいきなり奈落の闇の中に突き落とされたような衝撃を受けました。
そんな予感はしてはいましたが、それが現実になろうとは~。
まるで、考えがまとまりません。
唯々、悲嘆に暮れているだけの時間が過ぎて行きました。
僅かばかり気を取り戻した僕はT子に質問を浴びせました。
「なんで?」
「あれだけ喜んでいたのに~」
「そんな事が~」
「何をしたか、分ってるのか~」
その他、訳の分からない言葉が次々に彼女を襲ったと思います。。
落胆どころでは有りませんでした。
既に、生まれて来る子供の名前まで決めていたのです。
女の子なら法香、男なら千尋と。
冷静さを取り戻した僕は、自身の不甲斐なさを改めて知らされました。
「そうだ、何処の馬の骨と彼女の両親に責められた僕にこそ、その原因があるのだ」
と、T子が下腹部を押さえて苦しい表情を浮かべました。
部屋に入って来た時から彼女の衰弱ぶりは目に見えて居ました。
なのに僕は労りの言葉一つさえ口に出さずに居たのです。
「出血が止まらないの。病院に連れて行って」
彼女はそんな体で車を運転して僕の所まで来ていたのです。
急ぎ、僕は彼女を隣町の産婦人科に送り届けました。
とは言っても、その近くまででした。
彼女にすればその場所を僕に知られたく無かったのでしょう。
子供を下ろした事で、僕たちが分かれるものだと思い込んで居たT子の両親の期待にそぐわず、僕たちはその後も交際を続けました。
日に日に体力を取り戻していたT子は、一か月も経つと元の彼女に成っていました。
以前と違っていたのは、物腰が柔らかく成って居たことと、これは本人が言って居た事ですが、骨盤が拡がったままらしいです。
それから二年余り過ぎても、T子が再び妊娠する事は有りませんでした。
勿論、コンドームを使っていましたが、それは事の終わりが迫った時だけで、それまでは何も着けないでいたのです。
従って、彼女が妊娠する可能性はある程度高かった筈です。
僕は密かにもう一度T子が妊娠する事を期待して居ました。
そうなれば、前回の様な事には決してしないと考えての事です。
加えて、先にこの世に生を受けなかった命が再び僕らの下に帰って来ると、馬鹿げては居ますがそんな妄想を描いて居ました。
二人とも結婚を意識し続て居ましたが、ある程度の経済力が付くまではと先延ばしにして居ました。
僕自身も夜の仕事を辞め出稼ぎに行き、帰って来ては世間で云う所のまともな仕事にも付きました。
T子の両親から信頼を得る為です。
そんなある日、二人の間に諍いが起きました。
事の初めは覚えて居ませんが、
「Kの他にも男の人は一杯いるし~」
と、彼女が口走ったことが意外な展開を招いたのです。
その日の僕はどうかして居ました。
「なら、別れよう」
と、言ってしまったのです。
よくある痴話げんかであった筈が~。
おまけに、その後に僕の口から出た言葉と云えば、
「お前が居たら邪魔だ」
僕自身が面食らって仕舞いました。
露ほども考えたことの無いことなのに~。
何か得体の知れない者に、僕の口が操られて居たように思えてなりません。
今になって思えば、運命や宿命を自在に操る途轍もない法則の様な物が、僕たちを岐路に立たせ、抗えない力で持って未来の方向を強いていた様に感じています。
恐らく、T子は幸福へと向かう道をあてがわれたのでしょう。
その後の僕の人生は悲惨極まりなきものだったから~。
妙な話ですが、危うく彼女を道連れにするところだったと、今では安堵さえしています。
T子は合鍵を残し部屋を出て行きました。
さて、ここからが夢の中での話です。
僕はT子が亡くなったとの知らせを受けました。
墓所に行って見ると、墓標が大百科事典の背表紙の様に成って並んでいます。
そんな事には構わず、僕はT子の名前を探しましたが、どうしても見つけられませんでした。
と、いつの間にか僕の手にメモが渡されていました。
そこには、4桁の数字が二つ書かれています。
多分、それは彼女の携帯電話の番号だと当たりを付けた僕はその番号に電話してみました。
すると、聞き覚えの有る声が、T子でした。
彼女にも電話の相手が僕だと分かったようです。
彼女が健在な事に驚いて仕舞いましたが、取り敢えずと、僕は彼女の居場所を聞いたのだと思います。
彼女は今、福岡に住んでいると答えました。
今すぐ、どうのこうのの距離ではないと、思案している内に目が覚めて仕舞いました。
これで今回の夢は終わりだと思ったのですが、不思議な事に、数時間後の夢へと話は繋がって行くと事になりました。
僕はT子が存命で有る事に安堵し、自宅に戻りました。
玄関に入り、板の間を過ぎ、奥の部屋で机に向かって居ると、玄関の方に人の気配を感じました。
板の間に行って見ると、さも、何かを覆い隠すかのように大きな模造紙が敷かれて有ります。
僕はそれを気に留めずに奥の部屋に戻り、また、机に向かいました。
だが、どうも落ち着かないのです。模造紙に覆われて居るモノが気に成って、板の間に戻り、その模造紙を剥ぎ取ってみました。
なんと、そこに居たのは小指ほどの丸裸の赤ん坊が二人、両手両足を楽し気に動かしながら笑って居るでは有りませんか。女の子と男の子です。
すぐさま、僕は、その赤ん坊が先にこの世に生を受けれなかった法香と千尋だと決めつけて居ました。そう思わずには居られなかったのです。
「この子たちにミルクを~」
と、足を運んだところで目が覚めました。
何となく腑に落ちないでしょう。
実は、こんな事が在りました。
T子が妊娠して直ぐの事です。
「産婦人科で、お腹の子が普通より大きいて言われた」
「ふ~ん」
その時、僕はチャーハンを作ろうとして居ました。
卵を割ると、黄身が二つ。
「二玉!」
「えっ、もしかして双子かな?」
と、そんなやり取りあったのです。
だから、僕が板の間の赤ん坊を見た時に、そう思ったのも合点が行くと思います。
「なんだ、そな夢か」と、思われても仕方が有りませんが、ここで一つ付け加える事で「なるほど」と、思って頂けるかも知れません。
俄かに信じられないでしょうが、僕はT子が子供を下ろしてから一か月余り夜ごと涙が止まりませんでした。
子供たちに手紙を書き続けました。申し訳ない思いを込めてです。
それから、今日までずっと子供たち、法香と千尋が新たな生を受けて幸せに一生を暮らせるようにと祈り続けて来ました。
そんな事が有ってか、二人が僕を憐れんで夢の中に現れてくれたのだと本気で思って居ます。
夢の中には不思議が一杯です。
これからも、その不思議を語って行きたいと考えています。
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