第53話
バディストンの処遇について、リンク王とデューク王とで隔たりがあるのは当然といえる。ムーラは度々侵略を受け、シーフ=ロードはミストラを制圧されたのは前述の通りで、その両国が団結して勝った以上、そこに優劣はない。
そうなると、バディストンを接収し、どのようにしてバディストンを統治していくのか。これはムーラとシーフ=ロードの交渉ということになるが、今はそのことよりも、戦いに勝利し、終わったことで一安心し、束の間の友誼が生まれ始めている。それぞれの国に帰れば、時に対立することもあるに違いないが、今、この瞬間だけは、ある意味で奇妙な連帯感を持ち、酒を煽って杯を交わし、互いをねぎらっていた。
ヘクナームはすでに罪人用の籠に入れられて身動きは取れない。警備をしているのはシーフ=ロードの兵士たちで、間断なく見張っている。
勝利の宴がたけなわになって来た頃、アーフェルタインが近くの板と棒切れを見つけて太鼓の代わりにし、徐に謳い始めた。それは、勝利の凱歌で、連合軍の戦いをほめたたえる即興の歌だった。
アーフェルタインの歌声はまろやかであり、時に力強く、時に囁くようにして切なく歌い上げた。万雷の拍手がアーフェルタインに送られた。
翌日には、シーフ=ロードの兵士たちは南に、ムーラと神の森のエルフ達はそれぞれの場所に戻る。
「まさか、貴方と出会ってから、このような旅になるとは夢にも思いませんでした」
エファルは大いに頷き、
「そもそも、それがしとてこのような事になるとは露ほどにも思わなんだ。されど、ここまでやってこれたのは、アケビ、ハンナ殿、ムーラのゴードン殿、様々な御尽力を賜ったが、何より、アーフェル。貴殿が居てくれたればこそ、成し得たことは明白この上ない。あらためて礼を申す」
と頭を下げた。
「いえ、私も随分と楽しい思いをしました。さて、これから。……」
アーフェルタイン言いかけた言葉はそこで永久に途切れた。アーフェルタインの胸から鏃が突き出して、アーフェルタインの胸がみるみる血で染まっていく。
「敵襲!!敵襲!!」
付近の兵士たちが慌てふためいていると、
「落ちつけ!!騒げばよけいに相手に利する!!慌てるでないぞ!!}
エファルはアーフェルタインの体を抱きかかえた。
「しっかりされよ。直ぐに手当てをする」
「こ。……、これ、から。……」
「話すな。黙っておれ」
「ど、……、どんな。……、景色。……」
アーフェルタインの目から生気が消えた。そして、ヘクナームが何者かに解放され、ヘクナームが消えた、という報告が入ったのはそれからすぐの事だった。
かけつけたフレデリックが手当の回復魔術を使おうとしたが、すでに手遅れで、フレデリックは頭を振った。
「一体、誰が。……」
「確証はないが、一人心当たりはある」
エファルの中に浮んだ顔は、あの者しかいない。
ダイセンの護送の途中、エファルたちはフレデリックとボールド・ゴードン卿に許しを得て、アーフェルタインを『帰す』ため、フレデリックたちと別れ、神の森に寄った。
神の森はまだ復興の端緒についたばかりで、そこにはケガから回復したメルダロッサやハンナも手伝っていた。
「エファル様!!」
ハンナがいち早くエファルに気付いた。
「おめでとうございます」
「なんとか、勝った。勝ったが。……」
ハンナが棺に入ったアーフェルタインの顔を見るなり、絶句した。
「人が死なぬ戦などこの世にはない。……、そう分かっていても、アーフェルを喪ったのは真につらい」
神の森のエルフ達も、アーフェルタインの亡骸を見て泣き崩れた。
「狼族の男」
亡くなった御大の役目を引き継いだのは、御大の弟だった。御大の弟は、今にもエファルを睨み殺そうか、というほどの怒りをエファルに向けている。
「貴様は実に余計な事をしてくれた。貴様が来てからろくなことがなかった。魔獣に襲われ、森は焼き払われ、沢山のエルフ達が死んだ。兄も、アーフェルタインも。お前は、我々にとって『
ハンナが悔しそうな顔をして、エファルに意味を告げた。
「なるほど、疫病神ということか」
ニーアフェルトとファーレンタイトが御大の弟に抗議する。エファルがここに来ずとも、いずれ神の森はこうなっていたであろうこと、そして、エファルは我々エルフのためにここまえ尽くしてくれたからこそ、御大がこの度に限って任せたのだ、ということ。
だが御大の弟は一向に耳を貸そうとしなかった。それどころか、
「お前達も早く戻ってこい。所詮、あいつは余所者だ。何かをしてくれたところで、あいつは余所者なんだ」
ニーアフェルトが食い下がろうとするのへ、ファーレンタイトが止めた。
「エファルがやったことは、俺達が憶えていればいい。ここで要らない争いをする必要はない」
エファルは頷き、アーフェルタインの亡骸に手を合わせると、一路、ムーラへと向かった。
ムーラの首都、バーストに到着したエファルは真っ先にダイセンに面会した。
「エファル」
「ダイセン殿。……」
「私の妻と子供は、殺されていたか」
しばらく間をおいて、エファルは頷いた。
「申し訳ござらぬ。約定したというのに」
「いつ、殺された?」
「実は、貴殿がヘーゲン砦の任に着いた頃に」
ダイセンの反応は薄い。おそらく、ある程度の想定をしていたのかもしれない。
「ダイセン殿の白洲では、それがしも立ち合いまする」
「いや、それはいらない。それに、私は敗けた国の人間だ、今更命乞いをするつもりはない。折角、貴方に助けてもらった命だが、最早何の意味もなさない」
「そうやって、御内儀の元に向かわれる所存か」
「生きていることに愛想が尽きたのさ、いい加減死にたい」
ダイセンはこれから程なくして、ムーラの裁きを受け、断頭台の露に消えた。
これでバディストンが起こした所謂『ラグランスの乱』は収束した。
そのすべての目撃者であり、当事者であるエファルは、ダイセンの首が、バースト中央のヤシロ広場に建てられた断頭台から飛んでいくのを見届けると、アケビと共に、何処へと去っていった。
ガルネリア大陸興亡記 第一部 更科 @AKIRA-yapafuji
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