第52話
ルミル平原で対峙した両軍の軍勢は、明らかにバディストンに分が悪い。そして、戦いを差配する指揮官の姿を遠くに見つけたエファルは思わず、
「ここまで落ちると、もはや哀れとしか言いようがない」
といった。
バディストン側の指揮官は、シモンヌだった。あの、ラグランスに突き放された男だ。シモンヌはどちらかというと内政型の人間で、こういう荒事は苦手、というよりやったことがないはずだった。そして、そのような特別な才能や感覚を持っているという話を聞いたことがなく、またエファルはそのように考えてもいない。
「つまり、我々は勝つ事しかない、ということでござる」
エファルは戦の前に、連合軍の兵士たちに演説を振るった。
「乾坤一擲、この戦に勝たずんば、先はなし!!恐れず、前に進め!!」
鬨の声が空を揺らした。
この時点での兵力差は、連合軍が変わらず六千五百であるのに対して、バディストンは三千にやっと届こうかというほどの有様で、士気においても、見るからに格段の差があるように見られる。
兵力、指揮官の能力、士気において大きく開いた戦ほど、呆気なく終わるものはない。
まず月下の鷹騎士団の突撃と、ムーラの魔法戦士隊、さらに後方からの魔術支援という波状攻撃で、バディストンはすぐに総崩れになり、あとは連合軍が蹂躙するだけの、もはや戦とは呼べないほどの惨劇に変わった。
バディストンの兵が四分五裂し、散り散りに逃げていくところで連合軍は追撃をやめ、戦いは終わった。
エファルが、
「えい、えい、えい、おー!!」
と馬上で腕を突き上げ、声をあげた。連合軍の反応はなかった。ただ、アーフェルタインが、
「えい、えい、えい、おー!!。……、ですかね」
と、エファルの真似をした。すると、はじめはエルフ達が、そしてムーラの兵士と続き、最後はシーフ=ロード軍にまで波及していき、ルミル平原に、大地を震わせるほどの地鳴りのような鬨の声が上がり続けた。
連合軍はさらにバディストン本国にまで進み、バディストン城下前に到着した。
バディストンの民は、連合軍の軍容を見るなり、大いに驚いていた。が、騒ぎもすぐにおさまった所を見ると、こうなることの覚悟はしていたのかもしれない。
エファルを先頭にして、連合軍は城に向かう。抵抗力がほぼないバディストンに、連合軍を止める手立てはすでになく、エファルたちによる『平和的侵略』を黙って通過させるしかなかった。
バディストン城に人の気配はなく、城を守る衛兵たちもいない。
「燃え盛る船と共にする鼠はいない、ということですかね」
フレデリックが城を前にして言った。フレデリックは、ゴードン卿から、一時的に全権を任されていた。
「とはいえ、伏兵がおらぬとも限りませぬ。ここは、選りすぐって入るのがよろしいと存ずる」
「では、私と、エファルさん、ラルミゴ団長、アーフェルタインさんは主軸として、あとはシーフ=ロードとムーラの正規兵をそれぞれ五十ずつという編成にしましょう。後は、城の外で待機。もし、逃げてくるものがあって、それがバディストンの兵であれば捕虜に、そうでない人は逃がしてください」
フレデリックの命が全軍に行き渡ったところで、精兵たちが城内に突入した。
城は無人だった。
ありとあらゆる部屋を捜索したが、兵はおろか一般人すらも見当たらなかった。
「見事な撤兵というべきか」
エファルはこれにはさすがに驚いた。だがそれは、ラグランスの行方も分からない、ということになる。
「とにかく探してください。ラグランス公王を捕まえることで、初めてこの戦争は終わります。ですから、手分けして探し続けてください」
皆が捜索していく中、エファルは円卓の間から更に進んで、普段ラグランスが使っている部屋に向かった。考えられる場所は、そこしかなかった。
エファルの考える通り、たしかにラグランスはそこにいた。
「ラグランス公?」
ラグランスは普段着の軽装鎧のまま、床に突っ伏していた。床には、ラグランスのものであろう血が一面に広がっている。
「公王!!」
エファルが抱きかかえたところで、フレデリックとアーフェルタインがやってきた。
「ラグランス公王、ですね?」
フレデリックがいうのへ、エファルは頷いた。
ラグランスの死に顔は穏やかだった。死亡した原因は腹部への刺し傷であることは容易にわかった。そして、それはラグランス自身が選んだ結末ではないことも、手に刃物がないことですぐに分かる。
「誰が、このようなことを」
フレデリックが口惜しそうにしたのは、おそらくラグランスを裁判にかけることが出来なくなり、結果、バディストン侵攻が何故行われたのか、というこの一連の騒乱の核心が、ついに明かされなくなったからだろう。
エファルはとっさにラグランスの亡骸を置き、出入り口に向かって飛び、何かをつかんだ。
「正体を見せよ」
闇雲に辺りをつかみ、引き剥がしていくと、現れたのはヘクナームだった。エファルはヘクナームに馬乗りになって、
「貴様が、公王を弑逆いたしたか」
と、腕をしめあげた。血だらけのナイフが床を叩き、高貴な軽い金属音を立てた。
「なぜ、殺したのですか?」
フレデリックが怒り交じりに尋ねると、
「知れたことだ。私にとって、ラグランスは価値がなくなったからだ」
と、ヘクナームは不遜に答える。
「そなたも家臣の一人であったろう。主君を裏切り弑逆し奉るとは言語道断。そっ首刎ねてやろう」
エファルは、ハーロルトの脇差に手をかけ抜くや、ヘクナームの首に刃をあてた。血管の筋が浮かび上がった。
「エファルさん」
フレデリックが頭を振る。
「フレデリック殿、こ奴の首を落してはならぬといわっしゃるか」
「ええ。ヘクナームにはまだ話してもらわねばならないことがありますから」
「フレッド?……、フレデリック・ゴードンか」
「なぜ、わかるのですか?」
「そうか。……、だからマクミットは。……」
「マクミット?マクミットをどうしたのですか」
ヘクナームは答えない。
「マクミット殿をどこに隠した?」
エファルが尋ねても答えは出ない。エファルはじっとヘクナームの目を見つめると、そのままに、
「フレデリック殿、おそらくマクミット殿は、こやつの屋敷にいるやもしれませぬ」
「そ、そこはどこですか?」
「それがしが案内仕ろう。アーフェルタイン殿、こ奴を頼みまする」
「分かりました。……、皆さん、お願いします」
ムーラとシーフ=ロードの兵士がヘクナームを取り囲み、がんじがらめに縛り上げると、そのまま連合軍の待つ城の外まで連行された。
エファルとフレデリックがヘクナームの屋敷に到着するなり、扉を蹴破って中に入った。
「マクミット!!」
マクミット、とフレデリックが叫びながら館を回る。一方のエファルはかつてこの館に入った経験を思い出していた。
「たしか、地下があったはず」
「地下ですか」
「左様。たしか、魔獣の子供たちを助けにこの館に潜り込んだことがあったが、その時は確か、地下にあったはず。そう考えると、地下の部屋にとらわれていると考えるのが常道」
「ですが、その地下室はどこに」
「それは、虱潰しにするしかありませぬ」
二人は片っ端から探し回った。すべての部屋を回ってみたが、どこにもそれらしい仕掛けの有りそうな部屋はないように思える。
「どこに。……」
フレデリックが口を開きかけたとき、エファルは口を閉じるよう指で口を押えた。エファルは全身の神経を耳と鼻に集約させた。
「……、水滴?」
エファルは音のする方へゆっくりと歩いていく。水滴の音の震源地は、ヘクナームの寝室だった。
「でも、ここは一度。……」
「もう一度、壁を手あたりしだいに」
暫く二人は壁を押しあった。そして、不意にへこんでいく場所をフレデリックが偶然にも押したとき、大きな音を立てて、地下へと向かう階段を見つけた。フレデリックが光の魔術を使って辺りを照らし、降りていったその先に、両腕を壁の手錠に縛り付けられ、息も絶え絶えになっているマクミットがいた。
「マクミット?」
マクミットの両手首には暴れたのだろう、擦り切れて皮膚が裂け、血が固まってこびりついていた。
「手錠の鍵。……」
「その必要はござらぬ。そのあたりに針はござらぬかな」
「エ、エファル。……、なの?」
「左様。助けに上がり申した」
「は、針なら。……、私の足元に」
きらりと光る針を手にとったエファルは、器用にカチャカチャと音を立てながら、手錠を外していく。
「器用ですね」
「この錠前程度ならば、なんとか」
エファルは二つの手錠を外し、倒れかかるマクミットフレデリックが抱きとめた。
「遅い」
「ごめん」
フレデリックはマクミットを抱えた。
「ちょっと。……」
「それ以上は言わないの。早くここから出して」
バディストン城は連合軍によって一時的に接収され、一方でバディストンの民については、連合軍は一切手出しをしない、という約束を、ジェネラル・リンク王とデューク・ガースト王の間で締結された。
ヘクナームは今後、シーフ=ロードとムーラによる裁判にかけられる予定になり、おなじくダイセンも掛けられることになった。
そのダイセンが、心ならずもヘクナーム側になった原因である、ダイセンの妻子の行方だったが、実は、ダイセンがヘーゲン砦の防衛を任された頃に前後して、すでに殺されていることが明らかになった。
明らかにしたのは当のヘクナーム自身で、ダイセンは未だにそれを知らない、という。ダイセン妻子の死体は、バディストン郊外の、それも誰の目にもつかない所に、如何にもごみを捨てるような粗雑さで土葬されていた。
「ダイセン殿にどうやって知らせるべきか」
エファルは引上げられる妻子の死体に手を合わせ、静かに念仏を唱えていた。そしてあらためてバディストン城の探索が大々的に行われ、城内の調度品などがすべて接収された。その中に、肖像画があった。ラグランスが使っていた寝室に飾られていたものだという。
「わかりますか?エファルさん」
「恐らく、ラグランス公の御内儀かと思われまする。これはハーロルト様より聞かされた話で、かつてラグランス公には御内儀がおり申した。御内儀は生まれてこの方体が弱かったそうで、ラグランス公はその為に『伝説のマナの木』という、おとぎ話まで頼りにしていたそうでござるが結局見つからず、御内儀は身罷られたそうで。……、思えば、公は自棄になっていたのかもしれぬ」
「御内儀、というのは?」
「妻、家内、とも申す」
「妻を亡くされたゆえに、ということですか。許したくはありませんが、分からないでもない。……、さて、これで終わりましたね」
ムーラとシーフ=ロード、神の森の連合軍によるバディストン戦争は終結した。帝国歴九八九年地の期の末、あと少しで周期が変わる頃だった。
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