第50話
エファルはアケビに跨って騎乗となり、ヘーゲン砦攻略の総指揮官として、本陣を出た。ムーラとエルフの混合軍の総勢は二千ほどと極めて少ない。途上のバディストンの兵士たちはヘーゲン砦に逃げかえり、砦は手足をひっこめたように難くなって閉じこもっていた。
表正面を攻めているのは、あの太い丸太だった。
「せーのっ」
エファルが音頭を取ると、正門攻めの兵士たちが丸太を打ち込んでいく。次第に扉は変形していくが。それでもぶち破るまでには至っていない。
「もう一度だ」
エファルの声に、またしても丸太を体当たりさせる。そして扉が打ち破られたと同時にムーラの兵が殺到していく。さらに、砦の両側面に縄梯子が掛けられ、蟻の行列のように次々と砦に乗り込んでいき、バディストンに繋がる裏門を開けると、今度は先に潜伏していたニーアフェルトの隊が裏門を制圧したことで、呆気なくヘーゲン砦は落ちた。
「上出来であった」
エファルは悠然として兵士たちをねぎらうと、エファルはダイセンの前に立った。
「ダイセン殿」
「エファル。……」
ダイセンは剣を捨て、首を差し出した。エファルは彦四郎をおさめた。
「軍人に恥をかかせる気か」
「戦の優勝劣敗は兵家の常でござる。この度負けたとて、首を討たるるにはあたらず」
「私はこの砦を任されていた。ところが、一度ならず二度までも、お前に打ち破られた。これ以上の恥辱があろうか」
ダイセンの言葉に、エファルは何も言わなかった。ただ、彦四郎を抜き放ち、鎬に返すと、ダイセンの首に軽くあてた。
「これでダイセン殿は死んだ。これよりどうするかは貴殿が決めるがよろしかろう」
「それでよいのか?私は命をつけ狙うかもしないぞ?」
「武士は、いついかなる時も死することを忘れず」
「……、エファル、私の妻と子供を頼む」
「承知」
ダイセンはこのあと、ムーラの兵士に捕虜として神の森の本陣に一時監禁されることになる。
「それにしても、ずいぶんあっさりと落せましたね」
アーフェルタインが拍子抜けをしたようにいうと、
「それもそのはずでござろう。この砦はちと小さすぎる。兵の数もままならず、となれば落とすにはさほどかからぬ」
エファルはそう言った。
「しかし、増援ということも考えられましたがね」
「確かに。されど、もともとばでぃすとんは小国故、兵の数も限られておれば、こちらにまわすほどの余力もなかった見える」
「あ、あの」
兵士が話したそうにしている。
「どうしました?」
「じつは、シーフ=ロードのキリィという人がこちらに来ているのですが」
「ああ。お通ししてください」
キリィは鎧を身に着けたいでたちだった。
「ほう、シーフ=ロードの具足はそのようなものでござったか。白の具足とはなかなかに伊達者の如き様相、さぞがし、そちらの上様も洒落者でござろうか」
「ま、まあな。……、それよりも、わがシーフ=ロードは、ミストラを陥落させ、合成獣を斃した。これでミストラの奪還は成功し、我々はこのまま北進を続けて、バディストンと対峙することになる。それで、一度我が王が、お前に会いたい、という話をしているんだ」
「それがしに?」
「どうだろう。王は近く、こちらに出向区予定だ。その時にでも」
「よろしかろう。されど、それには一つ条件がござる」
キリィは何事か察したようで、
「ムーラの事か?」
「左様。それが条件でござる」
「だが、今ムーラの人間はいるのか?口約束になってしまうぞ?」
それはご心配なく、とフレデリックが跡を継いだ。
「私も、父と王にはこちらに来てもらうよう手配をするつもりです。恐らく父が申し上げれば、王は腰を上げるでしょう。三者で会談するというのは」
「……、わかった。そのことを伝えよう。では、後で」
キリィがヘーゲン砦を去って数日、先にヘーゲン砦にやって来たのはボールド・ゴードンと、ジェネラル・リンク王だった。
「よくやったな、エファル」
ゴードン卿はムーラの国旗が立っているヘーゲン砦を見上げて目を細めている。
「恐悦至極。して、ムーラの殿に一つ申し上げたき儀有」
「なんだ」
「実は、さきほどミストラを陥落せしめたシーフ=ロードの殿に、殿と面会するように申し上げ、恐らく面会は叶うかと思いまする。されば、殿には是非にでもお会いしていただきたく存ずる」
「儂が?デューク・ガーストに?」
「左様でござる。シーフ=ロードの殿がそれがしとの面会を望んだ折、条件として申し上げておりまする」
「向こうは、それでよい、といっているのか?」
「まだ、明確な返答は貰っておりませぬが、断るわけはなかろうかと存ずる」
ゴードン卿がそれに続いて、
「殿。ここは、会ってもよい、という返事だけは後押しでしておけば、デューク・ガーストという人物がよほどの変わり者でなければ、会うことはできるでしょう。よしんば、断ったとしても、こちらの威厳が損なわれるわけではありません。デューク・ガーストの器を見極めるという意味でも、仕掛ける意味はあるかと」
「どこまでもけしかけるな、お前は」
リンク王はそういって笑った後、
「わかった。そのように、ミストラに使者を出せ」
ムーラの使者がミストラに取ったのはそれからすぐの事だった。
デューク・ガースト、ジェネラル・リンク、そしてエファルの三者による会談が行なわれたのはヘーゲン砦の中央塔、指令室内だった。
初めは双方の王は一言も発さず、無言の駆け引きが行なわれていた。さすがにエファルもこのままではまずいと思い、
「わざわざ御足労願い、真にかたじけのう存ずる」
と口火を切ったものの、それでも二人の無言の時間は続いた。
「デューク王殿、それがしと話がしたい、ということでござったが」
エファルが自ら誘導しなければならないほどだった。
「神の森のエルフ共を束ねる狼族の男の顔を見たかっただけだ。そこの男に用はない」
「デューク王よ、この戦いは、我らと神の森、そして貴国とが共通の国を相手にしているのだ、顔を合わせるほどの事は必要ではないのか?」
「……、たしかにそうだが、この砦を攻めたのはムーラと神の森の勝手であって、我々ではない」
「それをいうなら、ミストラを攻め落としたのはシーフ=ロードの勝手ということになる。まあ、そのように意地を張らず、王がミストラを攻めてくれたからこそ、我々はヘーゲン砦を陥落させることが出来た。本来であれば、我々が謝意を表すべきところだ」
「それは、そちらがヘーゲン砦を攻めるという報せを受けてのことだ」
「ということは、やはりデューク王殿は、我らのなかに間者を放っておられた、ということでござるか」
「工作員だ。どこでも仕込んでいるだろう?ムーラであっても同じことだ」
リンク王はそれには答えない。
「国家にとって大事なのは情報だ。どのようなささいな事、たとえそれがガセであっても、使い道はある。情報を入れない王は、よほどのお人好しか、愚かでしかない」
「それはそうと、これからはどうする?我らと共闘をするか、あるいは単独で戦うか」
「我々の恃むところは自らの力のみだ」
「だが互いに共通の敵を相手に戦っている。ならば、我々がこの時だけでも手を携えることはできないか?」
「レザリアがどう出る?」
デューク王の言葉に、リンク王の、それまで穏やかにしていた空気が一変した。
「レザリアに何の関係がある?」
「同盟という名の事実上の属国ではないのか?ムーラはレザリアに依存している、いや。すでに屈しているのではないか?」
「デューク王殿、それは如何にもリンク王殿に失礼ではござらぬか。ここで無用ないさかいを起こして、なんぞ得でもありましょうや」
「リンク王、一つ言っておいてやる。レザリアで貴国を飲みこもうとしている拡大派飛ばれる連中がいることを知っているな?そして、ムーラの評議員のなかにも、今はごく一部だろうが、それに同調する連中がいるようだ。ムーラがどのように対応するかは私の与り知るところではないがな」
デューク王はそう言い残して部屋を後にした。
「リンク王。……」
「シーフ=ロードは、思ったよりお節介を焼くのがすきなようだな」
リンク王はそう言って笑うと、
「どういう意味でござろうか?」
エファルが尋ねた。
「ゴードンがレザリアの文官に殺されそうになった話はすでに耳に入っている。その話の続きだ」
ゴードン卿がレザリアの内政省の文官、ナイア・ブリーズによって暗殺されそうになったのを、エファルたちが阻止したあの続きだ。
リンク王によると、自ら命を絶ったナイアの宅を捜索した結果、ムーラの評議員と繋がっていることが明らかになり、更にその評議員は、先だってゴードン卿を糾弾したあの七人の一人であることがわかった。
「つまり、その者は、ムーラの評議員とやらの役目を持ちながら、バディストンとレザリアの双方に顔を売っていた、ということでござるか?」
「そういうことだ」
「それで、その者は、いかが相なりましたか」
「その評議員は『病死』したようだ」
病死、という言葉の意味を、エファルは榊陽之助の頃からよく知っている。榊陽之助の頃には、『頓死』という表現を使うこともある。
「まあ、これで拡大派とかいう連中の動きはしばらく止むだろう。だが、これでなくなったわけではない。その意味では、長い戦いになるだろう」
「政の暗闘はいつの世も無くなりませぬ」
「私の代で終わればよいが、何人もの王がこの大きな長い戦いに頭を悩ませるだろうな。それよりも、今は目の前の戦いだ」
リンク王とエファルはヘーゲン砦の外へ出た。ムーラの兵と、神の森のエルフ達がそれぞれ体を休めて英気を養っている。
「こちらはこの砦を攻略し、向こうはミストラを攻略したうえに、例の合成獣とやらを倒したという。バディストンまでは一直線に行きたいところだが」
「そうもいかぬでしょうな。向こうはどのような伏兵を潜ませておるやもしれず、ゆめゆめ御油断成されぬ方がよろしいかと」
「ならば、この戦いは、お前が指揮を執れ」
リンク王の意外な申し出にエファルは驚いた。
「これは、リンク王殿がお執りになるべきかと」
「いや、儂は後から来た。その者が指揮を執っても、ムーラの兵は動こうが、神の森の連中は黙ってはおるまい。ならば、お前が指揮を執る方が、皆は納得するのではないか」
「では、大事な兵を、お預かり申す」
翌日、ムーラとエルフの混合軍は、一路バディストン本国に向かう。本丸であり、最終決戦であるバディストン城までは風の期の末頃か、あるいは地の期までかかりそうにも思える。
そこからさらにバディストン軍の本軍との戦も残っているので、決着がつくとすれば、周期をまたぐ事は予想される。
「それゆえ、兵糧などは十分に用意しておくように。長い戦になるやもしれぬぞ」
アケビの首を撫でたエファルは、自らが想像出来ない形で、バディストン本国に『帰還』することになった。
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