第42話
ゴードン卿は、エファルをリンク王の前に引き立てると、
「この者は、神の森の代表として、王の御前に連れてまいりました」
といった。
「あの神の森のエルフ達が、よくぞそのような異族の者を代表にしたな」
「はあ。経緯はあのエルフにお尋ねになられるのがよろしかろうと」
「……、エルフ、経緯を教えてくれ」
アーフェルタインがこれまでの経緯を、まるで英雄譚のように、あるいは武勇伝のように時折節をつけながら歌い上げると、リンク王は感心した様に拍手を送り、
「中々いい吟遊詩人だな。うちに仕えてみないか?」
と誘った。
「私は、このエファルさんとともにありますので、お誘いいただけるのは大変ありがたいのですが」
「そうか。……、気が変わったら来てくれ。もっとも、いつまでいるかは分からないが」
「そういえば、ムーラの王は数周期おきに代替わりをするのでしたね」
「ずいぶんと変な国だろう?他の国じゃ考えられん制度だ」
「それぞれの国柄というものがありますから。それに、もし王が王でなくなったとしても、私は少しも変わることがありませんから」
「エルフはうらやましい。……、本題に入ろう。エファルとかいったな。要件は、我々と神の森とでバディストンと戦うということだな」
「はっ。それに加えていま一つ」
「知っている。シーフ=ロードの件であろう?デューク・ガーストが乗るかどうか、だが」
「それについては、これより彼の国へ向かい、王を説き伏せてまいる所存。されどその前に一つ」
「なんだ?」
「万が一。万が一のことでござる。彼の国との交渉が不調に終わりし時でも、王は共に戦っていただけまするか」
「無論だ。むしろ、いない方がやりやすいかもしれんぞ」
「心強い言葉、このエファル、幾万もの軍勢を得た心持にござる」
「嬉しいことをいうではないか。……、ゴードン、この者の手助けをしてやってくれ。ムーラは神の森を全面的に助けることを宣言する」
ゴードン卿を始め、その場にいた者が全て恭しくひれ伏した。
エファルはアーフェルタインとともにゴードン卿の屋敷に泊ることになった。エファルとアーフェルタインにそれぞれ開いている部屋を宛がうと、食堂に案内された。
「さて、シーフ=ロードの事ですが」
と、フレデリックは料理が運ばれてくる間に、知る限りのシーフ=ロードの事について話し始めた。デューク・ガーストという人物は、自ら信頼に篤い者の言葉を尊重する傾向があって、今はイリア・パッソムという情報大臣の任にある女性を重用しているという噂があるらしい。
「これは、イリアという大臣がガースト王の事実上の伴侶にしている、という話も出ているくらいです」
「なるほど、女性が主家の主宰を任せられるというのは珍しい。されど、正室に致さぬは何か事情が?」
「正室。……、つまり妻に迎えない事情、ということですか」
「立ち入った話でござったか」
「まあ、そのあたりは分りませんが、ガースト王に何か事情があるかもしれませんね。まあ、そのことはともかくとして、イリア大臣にお会いすることが大事かと思います」
フレデリックがいいおわるのを見計らったように料理が運ばれてくる。皆が手を付けるというのに、エファルだけは口にしない。
「どうしました?お口に合いませんか」
「焼けた肉も結構でござるが、それがしの場合は、生肉の方が」
「それは失礼しました。すぐに、トマス肉を用意いたします」
エファルの前に、トマスの生肉が入った銀のボウルが置かれた。その食べっぷりを見たフレデリックは途中で食事をやめた。
「これは不躾な所を見せてしまい申し訳ござらぬ」
「いえいえ」
「フレッド、犬が食べていると思えばよい」
ゴードン卿は平然として食事を平らげた。
エファルは屋敷の中庭で星空を眺めている。夜空にかかる星々は人吉の空と変わらないものだった。
「空はどこも変わらぬというのに」
と、ぼそりと呟いただけだった。
何か、音がした。エファルの耳がひくつくように動いた。音は屋敷の方向からした。エファルは足を忍ばせ、その音の主を探し始めた。
音の主は、ゴードン卿の部屋に近づいていくのが分かる。エファルはさらに距離を縮めようとして速度を少し上げた。
ゴードン卿の部屋の扉が開いた。エファルも続いて中に入る。黒い影の塊がゴードン卿のベッド近くにいる。
「曲者!」
エファルが声をあげた。影は少しのけぞったように見えた。エファルは飛び込み、影を捕まえようと格闘する。だしぬけに周囲が明るくなったかと思うと、ゴードン卿が灯明の魔術を使って照らしていた。影は黒い外套だった。エファルは肘鉄を叩きこむと、影の動きが鈍り、逃げようとする。エファルは更に追いかけ、体当たりを食らわせたところで影は動かなくなった。
ゴードン卿が外套を剥ぐと、中年の小柄な人間の男が気絶していた。手には黒く光る短刀を持っていた。
「とうとう殺しに来たか」
ゴードン卿は特に驚くふうでもなく、あっさりとしていた。
「以前から、儂をつけ狙うような気がしていた。何せ、敵が多いからな」
「しかし、ゴードン殿。命を狙われるに心当たりは?」
「多すぎてどれがどれか分からんよ。恐らく、こいつは金で雇われただけだろう。それにしてもよく気がついたな」
「音がしましたゆえ」
フレデリックとアーフェルタインがゴードン卿の部屋に飛び込んできた。
「父さん、大丈夫ですか」
「ああ。警備の者を呼んでくれ。この男から話を聞きたい」
ゴードン邸には、使われていない倉庫がいくつかあって、両手と両足を縛られた小男はそのうちの一つに放り込まれた。乱暴に放られたため、小男はそこで気がついた。
小男は黙ったままだった。警備兵が梁を使って、小男をつるし上げる。
小男はにやついていた。恐らく、自身には何も出来ないはずだ、というように甘く思っているかもしれない。
「誰に頼まれた?」
フレデリックが尋問を始めるが、小男は薄ら笑いを浮べて何も言わない。警備兵が小男の全身に鞭を打つなどして拷問にかけたが、小男の態度は変わらなかった。
「よろしいか」
エファルは、釘の太さほど鉄針と、蝋を用意してもらうようフデリックに頼むと、
「その、ロウというものはありませんが、油なら」
「……、まあよかろう。では用意願いたい」
「わかりました」
「あと、火鉢か薪も頼みまする」
用意されたものに、今度はアーフェルタインに火をつけてもらい、そこに鉄の針を埋め込んだ。赤くなって熱された鉄の針を取り出すと、エファルは躊躇一切なく、油を塗りこめた小男の右足親指の爪に打ち込んだ。小男はそれまでの薄ら笑いが完全に消え、脂汗を流し、足をじたばたさせた。
「早う言わねば今度は」
と、鉄の針を無造作に動かす。その度に血の滴があたりに飛び散る。小男の悶絶する姿に、さすがにゴードン卿は顔をしかめた。
「ずいぶんと酷いことをする。どこで習った」
「これほどの責め苦はどこでもやりまする」
事もなげに言うので、ゴードン卿はさすがに顔が強張っていた。
「さて。どうする?言わぬか?」
「言う、言うから助けてくれ」
「助けてほしければいえ」
やはり小男は金を掴まされていたらしい。依頼主は分からない、という。エファルがもう一本の鉄の針を、今度は左足の親指に突き入れようとする。小男の股間から異様なまでの匂いのする尿が、滝のように落ちていく。
「ほ、本当だ。金なんだ。金だけなんだよ」
「誰からもらった?」
「分からねえ。ただそいつは、俺の事をよく知っていた」
「よく、とは?」
「俺は、金を貰えれば殺しでも盗みでも何でもやるのが仕事だった。だがある時にへまをして捕まった。そこからはきっぱりと足を洗っていたが、そいつはそのことも知っていた」
「まあ、おぬしの昔の所業については後ほど別儀ということになるであろう。その様子では、縛についたことがなさそうではあるからな。……、その者とはどのようにして連絡を取り合う」
「バーストにある『マナズ・イン』に、広告を出すんだ」
「どういう文言で広告を出す」
「『注文は成立した。代金を用意されたし』」
「注文者の特徴や背恰好は」
「人間だったことに違いない。全身を布で覆っていたから分からねえ」
小男はそこで気絶した。
「ゴードン殿」
「儂が死んで、尻尾が捕まるなら喜んで死のう。フレッド、その広告を出せ」
「いいんですか?」
「相手の尻尾を掴むためだ」
「わかりました」
翌日の『マナズ・イン』に広告が貼り出された時、エファルとアーフェルタインは掲示板の前で依頼を探しているふりをしながら、フレデリックは卓の席について周辺を警戒している。
「まだですね」
アーフェルタインが尋ねると、
「いや、すでに来ておる」
エファルが扉を指さした。その方をみると、頭からすっぽりとローブをかぶった者が宿を出て行った。
「あれですか?」
「恐らく。あの者、冒険者の如きいでたちながら、こちらには一歩たりとも近づこうとせなんだ。それと、小男のいう様子に似ている」
アーフェルタインがフレデリックに合図を送ると、フレデリックが宿を出た。
「では、私たちも行きましょう」
宿の外では、フレデリックが例のローブの人間に声をかけていた。
「エファルさん、この人で間違いないですか」
エファルはじいっとその人物の全身を見つめ、
「間違いござらぬ。……、申し訳ござらぬが、御同道願いたい」
「嫌だ、といったら?」
声は女のようだ。それもかなり気が強そうな、棘のある言い方だった。
「だとすれば、たとえ婦女と申せ、力に頼むことになるが」
「……、わかった。乱暴はやめて頂戴」
「では、向こうの館まで」
「その館は、ボールド・ゴードン卿の館よね?」
「左様」
「案内されなくても大丈夫よ。ねえ、フレデリック・ゴードン」
ローブから見せた顔を見たフレデリックの息が止まった。
「な、なんで君が」
「存じより者でござるか?フレッド殿」
「え。ええ、この方は、隣国の神聖帝国レザリアのハイアット・ルース女史です。確か、内政省に勤めているはずですが。……、まさか君が、いや、レザリアが父の命を狙っているなんて」
「勘違いしないで。話は館でするから」
ハイアット・ルースは、不機嫌そうに音を立てて踏み鳴らしつつ、ゴードン卿の屋敷へ向かう。三人は慌ててルースの後を追った。
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