第41話
メルダロッサは、ここにきて後悔していた。ゴードン卿の依頼を安請け合いで引受けたことで、とんでもないことに巻き込まれたような気がしたからだ。
「金貨の小袋。……」
ゴードン卿がゆすった小袋の中からする金属音が、メルダロッサの耳に残っている。はあ、とあからさまにため息をつきつつ、ゴードン卿のいわれるままに、先ずはガストン・ホエイルの役宅に潜入を試みた。
ガストンの家はバーストの住宅区画にあって、ずいぶんと小ぶりなものだった。先ほどのゴードン邸に比べれば半分もない。
メルダロッサが潜入を試みた時、鍵はかかっていたものの、幸運にも家にはだれもおらず、鍵の細工だけで、やすやすと入ることが出来た。
「独り身か?」
メルダロッサがそう推察するように、ガストンの家の中はお世辞にもきれいなものではなかった。服は乱雑に積まれ、足の踏み場もないが、魔術などの書物だけは大切に扱っているようだ。
メルダロッサはガストンが帰ってくるまでにあるかどうかわからない『証拠』を探さなければならない。といって、闇雲に探したところで時間を浪費する事だけは直ぐに分かる。
(もし、自分が隠すとしたらどこにするか)
メルダロッサは、精神を研ぎすませながら考えた。まず、どこにあるか分かっていなければならないから、長く動かすことはない場所になる。
(ジジイの口ぶりだと、定期的に連絡を取っていると考えている。だとしたら、いつでも手にとれる場所で、しかし、用意に悟られない場所)
更に周りを見渡すと、ある場所に微かな違和感を覚えた。メルダロッサは魔術の書物を手にとり、パラパラとめくり始めた。メルダロッサにこの書物の内容はまるで分からないが、それでもめくり続けていくと、小さな紙片を見つけた。そこには共通語で、魔術審問における審問の内容について書かれてあった。例えば、具体的な事象について踏み込まず、曖昧な質問に終始する事や、評議員たちがバディストンに繋がるような質問は避けるように、といった内容だった。
足音が近づいていくるのに気づいたメルダロッサは紙片を取り、書物を戻してガストンの家の玄関から足音の正体を覗き見た。
ガストンだった。メルダロッサは顔を知られぬために散らかしている服を一着盗り、それを頭から被せると、玄関を飛び出し、ガストンを突き飛ばした。ガストンは腰を抜かして尻もちをついたが、直ぐに立ち上り、メルダロッサを追いかけた。
メルダロッサは路地の角という角を曲がり続け、ガストンを撒こうとしたが、ガストンは食い下がって追いかけてくる。更にいくつかの角を曲がったところで壁にぶち当たったメルダロッサは、壁を乗り越え、身を沈めて動かないようにした。しかめた顔そのままに、ガストンの服を投げ捨てた。
「逃げ足の早い奴だ」
忌々しげなガストンの声が壁の向うから聞こえてくる。そして、足音は遠のいていった。
メルダロッサは器用に壁を上り、周囲を確認すると、すでにガストンの姿はない。
「驚かせやがる」
メルダロッサは壁を上ることをせず、そのまま下りて一旦、ゴードン邸に戻ることにした。
紙片を読んだゴードン卿は、
「よくやったな」
と、猫をかわいがるようにしてメルダロッサを褒めた。
「もう一つはどうした」
「まだだ」
「サバンス・アイビンにも同じようなものがあるはずだ。見つけれくれば、確かに報酬はやる」
「これでやめる、といったら?」
「それでもバディストンの分の報酬はやる。少し報酬も弾もう。だが、もしやってくれるなら、金貨もう一袋」
だけではないぞ、とゴードン卿はいう。
「この国での滞在を許可しよう。評議員の選挙に関しての権利は与えられないが、この国に住むくらいのことは世話をしよう。外で何か悪さをしても、こちらでは罪を問わないようにしよう。無論、程度というものはあるがな」
そんなこと、よろしいのですか、とフレデリックが目をまるくした。
「ああ、かまわんよ。この国を救う事を考えれば、こそ泥の一人や二人やすいものだ」
「しかし」
「それに、この娘はさほど悪いようには見えないがな」
ゴードン卿がじっとメルダロッサの両目を見つめる。
「本物の盗賊は、目が濁って死んでいる者が多いが、この娘はそのようには見えない。この子の一片の良心に賭けてみようと思う」
フレデリックは呆れたようなため息をつくと、エファルが
「卒爾ながら」
とフレデリックに言った。
「はい」
「それがしも、この娘の事を知らぬわけではないので、一言言上申し上げると、確かに多少の手癖の悪さはそれがしも思う所はあり申す。されど、今はこの娘の働きにすべてがかかっている以上、否応を申される事情にあらず」
「つまり、信じろ、と?」
「左様。もし、この娘がまことの悪たれであれば、そもそも御貴殿の依頼には応じぬかと」
「なるほど。……、そこまでいうなら、頼みましょう」
ゴードン卿はメルダロッサに、小袋をちらつかせた。
サバンス・アイビンの部屋はガストン・ホエイルとは違って整頓が行き届いてた。しかも、サバンスはここ数日出かけて不在であるらしいことが事前に分かったのが、メルダロッサにとって更に幸運だった。
メルダロッサとロクサーヌを繋ぐ手がかりは紙片ではなく、一冊の本だった。本のなかの文章に針穴を開け、開いた文字を読むことで伝達をするという、古典的な手法だった。
「よし、これで揃った」
ゴードン卿は約束通り、金貨の入った小袋を二つと、居住と保護手形の羊皮紙をメルダロッサに渡した。
「ジジイ、聞きたいことがあるんだ」
「なんだ?」
「なんで、この二人は魔術を使ってやり取りをしなかったんだ?こんな証拠なんて残らなかったろうに」
「それができるくらいなら苦労なしないさ。この二人はな、魔術研に入ることが出来た事が奇跡のような連中なんだ、ましてや魔術を使いこなすことなぞ出来ようはずもない。だから、このような証拠を手に入れ、追込むことが出来た。ありがとう」
メルダロッサは少し顔を赤らめたようにしていた。
「さて。フレッド。サジェルへの使いを頼みたい。『用意が出来た。いつでもよい』とな」
「わかりました」
ゴードン卿がメルダロッサ以外の者を引き連れて、魔法城に現れたのは翌日で、珍しく雨が降っていた。期限の十日目のことだ。
サジェル・ナイマンは、すでにリンク王のいる謁見の間に、魔術審問用の魔法陣を敷いて待っていた。
リンク王の他に嫌疑をかけられた評議員たち、そしてガストンとサバンスの二人の魔術審問官も同席している。
「なぜ、我々も同席しなければならないのか」
と、評議員やガストン達から文句が上がったが、
「私の命令が聞けないというのか」
というリンク王の凄味を聞かせたひと言に静まり返った。ゴードン卿が魔法陣の中央にある椅子に座り、サジェルが魔術審問を始めた。サジェルは、評議員たちから挙げられた、ゴードン卿の国家反逆罪の罪状、つまり王の重臣でありながら、評議員たちを不当に拘束し、国家の制度の根幹を揺るがした事を述べた。
リンクは玉座のひじ掛けに頬付けをつき、実に詰まらなさそうな顔をしている。サジェルは申し訳なさそうにしながら話を続ける。そして、
「潔白を証明せよ」
と、ゴードン卿に迫った。
ゴードン卿は、そこにいる評議員たちがバディストンに内通している事、そして、それにガストンとサバンスの二人が加担し、無罪を作り上げた、と主張した。
「その証拠がこれだ」
ゴードン卿は例の紙片と本をサジェルに渡した。
「それは、ガストンとサバンスの二人が、バディストンのヘクナームという人物の縁者であるロクサーヌという人物と連絡を取っていた証だ」
「ガストン魔術審問官、およびサバンス魔術審問官。間違いないか」
二人に答えるすべがないのは明らかだった。盗まれたことを告白すれば自分たちのものであることを認めることになる。内容が内容なだけに、断固として認めるわけにはいかなかった。
「それは、我々は知らないことで、ボールド・ゴードンが我々を陥れるために作り上げたでっち上げだ」
ガストンがいうと、ゴードン卿は自ら席を立った。評議員たちが座るように叫ぶが、ゴードン卿はお構いなしに、
「だったら、ガストン。お前さん、あそこに座って同じことを言えばいい。もし本当なら、喜んで反逆者の汚名を着て死のう」
そう言われるとガストンは最早逃げることはできなくなった。渋々ガストンが座ると、
「では、これは偽物に違いないか?」
と、サジェルは僅かに主旨を変え、しかし誰にも悟られないように尋ねた。
ガストンは答えなかった。どう転んでも答えは明白で、答えられなかった、といったほうがよい。
「答えられないということは、これを本物と認めるのだな」
「その前に、ひとつ聞きたい。それをどうやって、何処から手に入れたのか。それをゴードン卿に尋ねたい」
ガストンの要求に、よかろう、と今度は再びゴードン卿が座った。そして、
「この紙片と本は、ある憂国の志を持つ者がもたらしてくれたものだ。その人物を明かすことはできない。なぜなら、折角わがムーラのために戦ってくれている者を売ってしまうことになるからだ。決して『盗んだものではない』」
とまでゴードン卿は言い切ったが、魔法陣は反応しない。
「ゴードン、その紙片と本をもたらした者は、バディストンの者か、それともこの国の者か」
リンク王が口を開いた。
「そのことも明かせません。ただ、憂国の志の者、と」
ゴードン卿が答えた時、評議員の中から、
「それでは納得がいかない。その者をここへ連れて来るべきだ」
という声が上がると、場はにわかに騒がしくなった。その声は大きくなり、耳を侵さんばかりにまで煩わしくなった。するとリンク王が、
「黙れ!!」
そう一喝して、評議員たちはようやく黙った。
「ガストン、サバンス。あれはお前達の物かそれとも偽物か」
「……、我々のものに間違いありません」
二人が声をそろえていった。
「書いてある中身は、間違いないか」
「……、はい。確かに、我々は、ロクレニウス先生に頼まれて、魔術審問を行いました」
「ロクレニウスという人物が、バディストンとつながりがあったことを、知っていたのか」
「それは、知りませんでした。確かにロクレニウス先生は、私やサバンスによく教えてくださいました。それがために、何とか魔術研に入ることが出来たのです。私もサバンスも、その恩返しのためにやったことでした」
ガストンとサバンスの顔を見たリンク王は、
「そのことを、あの魔法陣の上でもう一度言ってみろ」
と二人を魔法陣の上に立たせた。そして同じことを二人は話したが、魔法陣が光ることはなかった。
「ゴードン、この辺でよかろう。……、評議員の審問のやり直しを命ずる。審問はサジェル・ナイマン、ボールド・ゴードンの二名が、まとめてここで行う」
評議員たちはこぞって抗議したが、リンク王は最早聞く耳を持たなかった。そして、
「さっさとやれ。儂は忙しい」
七名の評議員たちは渋々魔法陣に乗り、結果、はやり七名の評議員は、ロクサーヌを通じてバディストンの内応者になっていたこと、さらに、内乱を起こすために必要な人数をバディストンから引き取り、リンク王を拉致して政変を起こすつもりだったことが明らかになった。
「その七名を「国家反逆」および「騒乱」によってナイジェル牢に送り込め」
ナイジェル牢、という言葉を聞いた評議員たちはそれぞれ顔を青ざめさせ、痙攣した様に何度も頭を振った。エファルが尋ねた。
「ナイジェル牢とは、いかなるものにて?」
フレデリックが言うには、ナイジェル牢に入れられると、特殊な魔術のために一定時間おきに電撃を当てられ、二度と出ることが出来ない、という、重大犯罪者専用の牢獄らしい。
「責め苦と牢屋敷がおなじ、とは」
さすがにエファルは身震いさせていた。
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