第9話

 アーフェルタインが窓の外へ顔を出すと、確かに夜の風に乗って、誰かの話声が聞こえる。


「他にも生残りがいたのでしょうか」


 隣町にいたアーキムの事を考えれば、確かに他に生残りがいたとしても不思議ではない。その割には、こちらに近づいてくる気配はない。


「エファルさん、起きてください」

 エファルは狼らしいあくびをして、目をこすった。

「今は、何時なんどきでござるか」

「まだ夜中です。誰かがこの町に入りこんだようですね」


 エファルは長剣を手にして、表のドアを音を立てないように開けた。外に人の気配はないが、匂いを嗅ぐと、確かになれない匂いがあるのがわかる。


 その匂いを辿っていくと、教会に着いた。

「もしや、赤子を?」


 エファルはさらに進んでいくと、匂いはやはり半地下の納骨堂へ向かっていた。実をひそめて耳をそばだてると、具体的な話が聞こえてきた。


「ここに置いておいたはずなんだ」

「まさか、勘付かれたんじゃ。……」

「いや、有翼人はここを知らないはずだ、他の誰かが探しあてたとか」

「どうするんだよ、このままじゃやられるのは俺達だぞ」

 という声が聞こえた。


「その赤子ならば、すでに我が引き取り、あの烏天狗達に引き渡したわ」

 エファルが叫びながら中に入ると、相手は三人、どれもがしがない盗賊のようだった。


「盗人どもが、覚悟せよ」

 うるせえ、と一人がエファルに襲い掛かるも返り討ちにあい、他の二人も瞬く間に倒され、三人とも気絶した。エファルは三人を担ぎあげる、という力業で納骨堂を出て、そのままアーフェルタインがいる離れまで歩いた。


「どうでしたか。……、というほどでもなさそうですね」


 三人の盗賊を見たアーフェルタインが縄で縛り上げ、エファルは桶で汲んだ水を盗賊にぶちまけた。三人の意識が戻ってきた。エファルが尋問を始めた。


「まず、おぬしらの生国と名を聞かせてもらおう」

 盗賊たちは名を明かすことはせず、またどこの国の人間であるかも言わなかった。

「どうしても口を割らぬ、というのであれば、それがしのやり方で割らせてみるまで」

「どうするつもりですか?」

「誰でもよい、どの手でもよい、出してみよ」

 三人の盗賊のうちの一人が手の平を見せた。

「そうではない、爪を見せよ、と申している」


 手を伏せて出すと、エファルは自らの爪を東園の指と爪の間に食い込ませた。たまらず盗賊は喉が割れんばかりに叫ぶ。それにも構わず、エファルは串のようなものを出し、爪の代わりに差し込んだ。アーフェルタインが思わず目を背ける。


「これは、どういう。……」


「罪人が口を割らねば、我らはこのようにして口を割らせるのでござる。狐娘に施した縄と似たような目的でござるな」


「しかし、そのようなむごい事を」


「この程度、まだまだ序の口でござるよ」


 エファルが言ったとき、三人の盗賊は、顔を青くさせて、自分たちはバディストン公国にやとわれたことだけを話した。盗賊たちはこれ以上話す気配はない。というより知らないようであった。


「エファルさん、これ以上は何も得られないでしょうね」


「大方の推量はつき申すが、推量は根拠のないもの。それを持って何かできるわけでござるまいに、ひとまずはこの者たちを、烏天狗たちに引き渡しましょうぞ」


「その方がいいですね。では翌朝にでも」


 アーフェルタインは三人を魔術で動けなくすると、翌朝にはメルダロッサと共に有翼人たちの集落に連れて行った。


「狼族にエルフにはなんと礼を言ってよいのかわからぬ」


「いや、礼には及ばず。それがしも嫡男がおり申すが、かようにかどわかされれば、怒りの程は分かり申す。その盗賊共をおdのようにされるかは、貴殿の御心次第ゆえ、我らはこれにて失礼する」


「何から何まですまなかった」


 エファルたちが集落を出て少しした時、集落から三人の盗賊の叫び声がこだましたかと思うと、直ぐに消えた。


 ビシャの町に戻ると、エファルはアーフェルタインに頼んだ。

「アーフェルタイン殿、あの狐娘を放してやってはもらえまいか」

「そうですね、ではそのように」

 アーフェルタインはメルダロッサにかけていた魔術を外し、

「貴女の嫌疑は晴れました。まあ、結果として、貴女に罪はなかったので、その点はお詫びします。ですので、もう自由ですよ。明日の朝にでもここを去るなりご自由に」


 メルダロッサは凝った首を左右に振ってほぐしつつ、


「じゃあ、そうさせてもらうわ」

 といった。

「狐娘」

「なんだよ、おっさん」

「如何に疑わしいこととは申せ、さぞ難渋したであろう。ただ一つだけ、申しておきたい」

「?」

「盗みは、やめておけ。ろくなことにならぬ」

「余計なお世話だ、おっさん」


「盗賊は死罪というのが相場だ、まだ花も実もある若い身空で命を散らしたくないであろう。ならば、大人しく、なんぞ商いでも始めるか、あるいはどこかに奉公するか、おぬしで決めよ」


「お前に言われる筋合いはねえんだ、俺は俺の生きたい方へ行くんだ」


「それにな、おなごが『俺』などという言葉を使うな。もう少ししおらしくしろ。でなければ、嫁の貰い手がないぞ」


 メルダロッサは最後まで言う事を聞くことなく、ビシャの町を後にして行った。

「少し、もやもやとするような終り方でしたが、まあなんとかなりましたね」


 アーフェルタインの言葉に、エファルが頷いた。

「左様」

「これからどうしますか?このままもう一度バーストに向かうか、それとも、別の場所に行くか」

「その前に、一つやっておきたいことがござる」

「はい、なんでしょう」


 エファルは荼毘に付された街の民の前にたち、もう一度、今度は手を合わせて念仏を唱え始めた。エファルの後には、ジェシカ、ハンナ、アーキムとアーフェルタインが静かに見守っている。


 念仏は昼過ぎまで続いた。エファルはただ無心に唱え、そこには荼毘に付された者たちの鎮魂を誠実に願っているようだった。


 念仏を唱え終わったエファルは大きく息をついた。

「つたない念仏で申し訳ござらぬ。されど、それがしとしてはただただ冥土に無事に向うて貰うよう願うだけでござる」

 ジェシカは涙ぐんでいた。


「見ず知らず、ただ少し立ち寄っただけなのに、そこまでしていただけるのは私とてもうれしい限りだし、亡くなった者たちも感謝していることでしょう」

「これからご老体はいかがされる」


「この町にはアーキムのように外に出稼ぎに行っている人たちがいますから、それを待ちます。その中には私の親戚もいますからね」


「ではあーきむ殿は如何に」

「このまま町にのこるさ。親父は別の町へ商売しているから、もうすぐ帰ってくるだろうし。おふくろのことは残念だけど、親父も分かってくれるだろう」

「では、親父殿によしなに」

「……、ああ、伝えとくよ。それから、あんたを気に入っているあの黒馬、あいつも連れて行ってやってくれよ。ここにいてもしょうがないからさ。お礼の代わりだよ」


「これは、かたじけない。早速、貰い受けることにいたそう。……、して、ハンナ殿は、いかがなされる」


「できるなら、神の森へ行きたいです。あの時、エルフのおじいさまに言われた事が気になって」


「それは、魔術の才能の話ですか?」


「そうです。ですからアーフェルタインさん、一度神の森に戻りたいのです」

「わかりました。では、一度神の森に戻りましょう。エファルさんも、それでよろしいですか」


「異することあらず」

「では、アケビも連れて戻りましょう」


 三人と一頭の一行は、支度をととのえて、神の森に戻ろうとする。エファルはアケビの背にハンナを乗せようとしたが、アケビはそれを嫌がった。

「アケビ、いくらハンナが健壮であっても、我らと違って体力は乏しいのだ、そこは聞き分けてもらえぬか」


 エファルが説得して、なんとかハンナを乗せ、神の森に着いた頃には風の期から暑い、炎の期へと変わっていた。

 神の森に入ったエファルたちは、悠然としていた神の森が珍しく喧騒と焦燥の中にあることを見た。


「アーフェルタイン」

「ニーアじゃありませんか、どうしたというのです」

「大変なことがわかった。来ていたバディストンの連中が何をしたか」

「どうされた、ニーアフェルト殿」


「これは狼族のエファルさん、実は、バディストンの軍勢が、魔獣の子供たちをさらっていることがわかったのです」


「魔獣の子供?前に戦った、あの折にござるか」


 と尋ねて、エファルは、ボーンズの行動を思い返していた。あの時はどういう意図だったのか分からなかったが、魔獣の子供たちを誘拐することが目的であれば、あのときに達成していたのだろう。


「それで、どういう魔獣の子供がかどわかされたのでござろうか?」

「今調べた限りでは、鷲獅子の子供、神狼の子供が二頭、金色の牛の子供、です。他にもあるかもしれない」


「なるほど、烏天狗の赤子もそれに含まれていた、ということか」

「カラステング?」


 ニーアフェルトが尋ねると、アーフェルタインが有翼人であることを教えると、納得して頷いた。

 エファルからビシャの町の事を聞いたニーアフェルトは、こう推測した。


「もしかしたら、バディストンは魔獣を使って侵攻してくるかもしれませんね」


「バディストンのラグランス公王は、かねてより外征によって国力を高めるよう進めていた方ゆえ、その方策として、魔獣を使って征服せしめると考えるのは、妥当なところでござろう。となると、バディストンの侵攻を防がねばなりますまい」


「だとするならば、ムーラ王に事の次第を伝えることが重要だと思います。……エファルさん、そのお役目、やっていただけますか」


「無論のこと。それがし以外にはおらぬ、と自負しておりまする」


 エファルはアケビに跨り、神の森を抜けて、バーストまでの最短距離をとった。

 バーストに向かうのは二度目である。バーストの入り口でアケビから下り、門番を呼んだ。


「なんだ、お前か。今度はなんだ」

「実は、火急の報せがあって参った。ここの上様におとりなしを願いたい」

「どういう要件だ」

「実は、バディストンがこちらに攻めてくる、という報せを一刻も早う伝えたい。取り次ぎ願う」

「わ、わかった。そのまま城に向かってくれ。連絡は他の者にまわす」

「かたじけのう存ずる」


 エファルは再びアケビに跨り、魔法城まで一直線に向かった。メルダロッサがいるかもしれないが、今はそのような事をしている場合ではなかった。

 魔法城の門番にはすでに話がついていたようで、エファルはそのまま城の大広間に入った。


「ようこそ、狼族。私は、この国を預かっているリンクという」

「上様におかれましては、ご尊顔を拝し、恐悦至極に存ずる。それがし、バディストン公国において近衛騎士、ハーロルトの護衛をしておりました、エファルと申しますれば、以後お見知りおきくだされ」


「……、少し変わった挨拶だが、まあいいだろう。それで急を要する報せだと聞いたが」

「じつは、バディストン公国はかねてより外征を試みておりました。それがしのあるじ、ハーロルトはそれに反する立場をとっており候えども、多勢に無勢、ついにはその命を散らし申し候。伺候致せしそれがしは、故国を逃げ出し、旅に出ておりましたるところ、神の森にてバディストン公国軍勢と戦に及び、敵を敗走せしめたる段よかれども、バディストン公国の目的は、神の森の魔獣を使役せしめて貴国に侵攻を致す所存なれば、是非ともお知恵お力をお貸し願いたく」


「……、つまり、バディストン公国がこちらに攻め寄せようとしている、ということなのだな」

「御意」

 リンク王は傍らにいた主席宮廷魔術のゴードン卿にどうするべきか尋ねた。しかし、ゴードン卿をのぞく他の者たちが、それをにわかに信じがたい、というようなことを口々に言い始めた。


 バディストンとムーラの国力の差を考えればそれは無謀である事、そして、それで負けることはない、というのが大勢の意見だった。

「魔獣の恐ろしさを知らんのか、お前たちは!!」

 ゴードン卿が他者たちをしかり飛ばすように言った。

「エファル、とかいったな。大事な報せをよくしてくれた。ありがとう。ついては、もう少し詳しく知りたいゆえ、少しここに留まってほしいがいかがかな」

「よろしくお願いいたす」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る