第8話

「おぬしが、めるだろっさか」

「だったらどうした」


 メルダロッサがエファルをにらんでいるとき、アーフェルタインが現れた。


「大きな声でしたね、町中に聞こえていましたよ。……ほら」


 アーフェルタインの遥か後ろから、治安の役人たちが駆けつけてきた。


「何があった!」


「ああ、ちょっとしたことでござる。この娘、それがしの存じよりの者であるが、中々にお転婆な娘でござってな、それで叱責いたしままでのこと」


「その、娘さんはどこにいるのですか?」


 アーフェルタインに言われてエファルが振り向いたとき、メルダロッサはすでに逃げ出していた。しまった、といいつつも、エファルはすぐにメルダロッサの匂いを嗅ぎつけ、アーフェルタインに、入り口に逃げようとしている事を伝えると、アーフェルタインは、


「お任せあれ」

 といって、姿が掻き消えた。

「アーフェルタイン殿?」

 役人の一人が、恐らく瞬間移動だろう、というような事を言った。

「珍妙な術を使うものよの」


 エファルは感心しきりに、入り口に急いだ。

 入り口に到着した時、メルダロッサとアーフェルタインは対峙していた。メルダロッサは苛立ちを隠そうともせず、一方のアーフェルタインは悠然と通せんぼをしている。


「アーフェルタイン殿」


「大丈夫ですよ。捕まえられますから」


 アーフェルタインは短く詠唱すると、途端にメルダロッサの体を縛り上げた。


「ほう、影縫いでござるか、お見事」


「感心している場合じゃありません、縛り上げてください」


 エファルは腰にあるロープを取り出して器用にメルダロッサを縛り上げた。後ろ手にしつつ首と足の身動きを取れなくさせ、さらに動けば食い込むようにした。


「随分と器用な縛り方をしたものですね」

「これは、人吉における罪人を責める時に使われた縛り方でござる。動けば動くほど、縄が食い込み、身動きが取れなくなり申す」

「あなたは、私たちが知らないことをたくさん御存じのようですね」

「では、町に戻ると致そう」

「そうしましょう。……、皆さん、お騒がせしました」


 エファルとアーフェルタインは、宿に停めてあった馬を出し、メルダロッサを積み込むと、そのまま馬に跨ってビシャの町へ向かうため、バーストを後にした。



 メルダロッサが身をよじって逃れようとするが、その度に縄が食いこみ、動きが鈍くなっていく。


「そのような真似をすればするほど動けぬどころか、締まって息も出来なくなるぞ」


 エファルがそう諭しても、メルダロッサは聞く耳を持っていない。次第に食い込んだ縄が体を圧迫し続け、メルダロッサの体が青紫色に変色していく。


「エファルさん、もうそろそろ解いたほうが」


「では、縄を少し緩めましょうぞ」


 途中の小さな村でメルダロッサを下ろし、縛っていた縄を少し緩めると、メルダロッサは少し息をついた。


「解けよ、おっさん」

「おぬしは、親から幼少の砌において、長幼の序というのを学んだことがありやなしや」

「何言ってんだ、おっさん」

「目上の者に対する礼儀がなっておらぬではないか」

「いきなりつけ回してふん縛っておいて、よくそんなことが言えるな」

「おぬしがビシャの町で何をやったかを思えば、この程度のことはさほどのことではあるまい」

「ビシャの町?」

 エファルがビシャの町の事を話すと、メルダロッサは、

「俺じゃない。俺は関係ない」

 というだけだった。


「まず」


 エファルはメルダロッサの目を見た。


「生娘であろう?ならば、『俺』などという口汚い言葉を使うでない。おなごならば、おなごらしい言葉を使うように心がけよ」


「うるせえ、関係ねえだろ、おっさん」


「それがしはおっさんなどではない。エファルというこちらでの名前がある。左様に無礼の態度を取るのであれば、容赦せぬぞ」


「関係ねえから、関係ねえっていってんだ、バカ野郎」


「そのようなことを申しておらず、長幼の序を弁えよ、と申しておるのだ」


 メルダロッサは関係ない、と喚き散らしている。するとアケビがだしぬけにメルダロッサに向けて大きくいなないた。メルダロッサは漸く、少しひるんだ。


「エファルさん、ひとまずその『言葉遣い』の問題はさておいて、ビシャの町に急ぎましょう。事の真相を知るのが先です」


「そうでござったな、それがしとしたことが血が頭に上り申した」


「ええ、先を急ぎましょう」


 エファルは再びアケビにメルダロッサを乗せようとするが、アケビが何度も背中を振って嫌がるので、アーフェルタインの馬に乗せることにして、ビシャの町へ戻った。


 ビシャの町ではジェシカ、ハンナ、アーキムの三人が、二人を出迎えた。ジェシカがメルダロッサを見つけるなり、縄を解こうとするのへ、エファルが手伝って解いた。途端に、メルダロッサが逃げようとするので、ジェシカが言った。


「待ちなさい、メルダロッサ。貴女に聞きたいことがあるんだよ」


「関係ないね。俺を連れ去るなんていい度胸だ、どうなっても知らねえぞ」


「では、どうなるというのです?是非、教えていただきたいものですね」


「そこのおっさんは見ただろ。そこにいた連中は、みんな俺の仲間だ」


 エファルは腕組みをしながら聞いていたが、

「おぬしは、徒党を組んで活動していると申すか」


「そうだよ。だから、下手に俺に手を出したら、どうなるかわからねえぞ」


「なるほど、では今頃、おぬしの仲間とやらがこちらに向かってきているやもしれぬな。あきーむ殿、町の外の様子を見て来てはくれまいか」


 アーキムが町の外に出てしばらく眺めていたが、だれも来る気配がない、という。エファルも鼻を動かして匂いで探るが、周囲に人がいるような気配はない、と見た。


「恐らく周囲にはだれもおりますまい」


 メルダロッサは気まずそうにしているのへ、


「ひとまず、中に入りましょう。アーキム、馬小屋に馬を戻してあげなさい」


「わかったけど、そこの黒馬は、おじさんが戻してよ」


「承知致した。では、参ろうか」


 エファルがアケビの轡をとったとき、アケビはうっとりしたような顔をしていた。

 エファルとアーキムが馬小屋から戻ってきた時、アーフェルタインが、メルダロッサを魔術で縛り上げているところであった。どうやら逃げ出そうとしていたらしい。


「放せよ、バカエルフ」


「そういうわけにはいきませんよ。何せあなたには話してもらわないといといけないことがあるのですからね」


「何も知らねえよ」


「有翼人の集落に手紙を渡したのは貴女ですね?」


「何のことだ」


「有翼人の赤子が何者かによって盗み出されていて、そのことに有翼人たちが怒りました。結果、この町はあの三人以外に誰もいなくなりました。問題は、誰が盗み、誰が知らせて、こうしたのか」


 メルダロッサな尚も何も知らない、という一点張りで、それ以上は何も聞き出せそうにない。


「アーフェルタイン殿、拷問によって話したところで、それが真実とは限り申さず。しからば、ここは他の手立てより導き出すのが上策かと思われまする」


「確かに、これは本当かどうかはわかりませんね。では、どうしますか」


「まず、手紙を出したのはこの町の者ではないのは明白でござる。それは、あの赤子に対する不一致にほかならず」


 エファルは、こう切り出して、まず町の者の矛盾を考えた。それは、赤子を預かっている、と手紙で書いておきながら、引き渡すように要請したのに、知らなかった、といったことだ。


 もし引き渡す気がなければ最初から手紙を書かなかったであろうし、引き渡す気があれば、手紙でなくとも、じかに渡せばよかった。そう考えると、町の者ではないのは明らかだ。となると、町の外の人間が、このビシャの町を陥れようとしたか。


 あるいは、ビシャの町の不法行為を糺そうとして、有翼人たちに告発をしたか。ということになる。ただし後者については、前提として、町ぐるみで有翼人の赤子をかどわかして隠していた、ということになる。


 ならば、町の者はなぜそのような事をしたのか。町のほとんどの者が亡くなっている以上、それを解明することはもはやできない。ただ、有翼人を訳もなく怒らせるだけの行為でしかないのに、わざわざ命の危険を顧みずにやるのは考えにくい。


 やはり、何者かが、町を陥れる為にやったと考えるのが自然な流れだ、とエファルは言った。


「そこで聞いたのが、狐娘、おぬしの事だ」


「俺が昔に色々といじめられていたから、その腹いせにやったとでも言いたいのか」


「確かにそれはない話ではない。されど、もしそうするのであれば、もっと早くに、それもこのような、自ら疑いの目を向けさせるような事を考えるのか。これにも合点が参らぬ」


「エファルさん、何が仰りたいのですか?」


「アーフェルタイン殿、それがしは、この狐娘は下手人ではない、と推察した次第」


「下手人。……、この事件を引き起こしていない、ということですか」


「左様。まことの下手人は、他におり申す。その為に一つ、解決せねばならぬことがあり申す」


「……、なぜ、あそこに赤子がいたか、ということですよね」


 左様、とエファルは頷いた。町の者が保護したのであれば、誰かの家で預かるはずで、あのようなところに置いておくのはおかしい。


 あの、とジェシカが言った。

「あそこに置いていたのではなく、隠していた、としたらどうなるかね?」


「隠していた、となると、誰かが隠したことになり申す。誰が、なぜそこに隠したのか。そして、狐娘、おぬしはどこでそれを知り、文を出したのか」


「お、俺は何もやっちゃいない」


「果たしてそうであろうかな?おぬしが有翼人の集落に手紙を出したのは疑いの余地はない」


「なんで、そう言えるんだよ」


「匂いだ。文にしみついておった匂いと、おぬしの匂いとはまさしく同一のもの。犬狼の類の鼻の利き具合は、他の種族より格別であれば、匂いはごまかせぬ。おぬしは、何故これを知った」


 メルダロッサは暫く黙っていたのが、

「確かに、俺が手紙を出した。……、でも、この町の連中を殺すつもりはなかった」


「殊勝な心掛けというべきであろうが、何故そのような真似をした。聞けば、この町で艱難辛苦にあったのであろう」


「そりゃ、いじめられもしたし、嫌な思いもしたよ。でも、それだけじゃないんだ。俺の事を助けてくれる人もいた。だから、そこまで悪く割り切れなかったんだよ。……、なにがおかしいんだよ。おっさん」


「いや、狐娘の存外の純情さに面映ゆさを覚えた次第、他意はない」


「となると、誰が有翼人の赤子を攫ったのか、という話になりますね。……、この町の者ではなく、またメルダロッサでもなければ、他に誰が」


「この先は明日にした方がよかろうと存ずる。申し訳ござらぬが、それがしは少しくたびれ申した故、これにて失礼する」


「では、私たちも明日に備えましょう。メルダロッサにはまだ逃げられては困りますからね」


 アーフェルタインはメルダロッサの額に印を結んだ。


「なんだよ、これ」


「私から離れようとすると、頭が痛くなりますからね」


 メルダロッサがアーフェルタインから離れようとするが、少し離れただけで、メルダロッサは頭を抱えてうずくまった。


「では、私とエファルさん、メルダロッサは同じ所で寝ますよ。あとは、お好きになさってください」


「……、クソエルフ、手ぇ出すなよ」

「私にも選ぶ権利があると思うのですがね」


 ジェシカ、ハンナ、アーキムの三人は、ジェシカの家で寝ることになり、エファルたち三人は離れで休むことになった。


 寝床をあつらえ、横になった途端にアーフェルタインとエファルは直ぐに落ちた。メルダロッサも横になっていたが、暫くたつと体を起こして座った。


 窓から見える夜天の星明りはあまり見えなかった。メルダロッサは窓をあけ、風をひき入れた。すると、誰かの声がする。それも一人や二人ではない。


「おい、クソエルフ」

 メルダロッサはアーフェルタインの体をゆすったが、アーフェルタインの反応はない。一人で行こうとすると、頭がきしむように痛むので動けない。


「おい!」

 メルダロッサがアーフェルタインの頭を蹴ったところで、ようやくアーフェルタインが起きた。

「誰か来てるぞ」

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