第2話 勇者に代わって王女を助ける
「この辺りだよな、王女が乗った馬車が魔物に襲われるのって…………って誰だあれ?」
近くに草むらの中に潜む不審な男を見つけた。
腰に剣をぶら下げているからおそらく冒険者の類だとは思うが……。
こちらは死角から覗いている為、向こうは気づいていない。
何かの狩りでもしてるのだろうか?
でもよく見たらあの男見覚えがあるな……。
誰だっけ……そう、ゲームの本来の主人公、後の勇者アルフレッドだ!
その時、ガサッという音をたててしまい、アルフレッドはこちらに視線を向ける。
俺はすぐに草むらの中に身を潜める。
しばらくするとアルフレッドは風か何かの動物の仕業だと判断したのか、こちらから視線を外した。
なんでこんな所に待ち伏せるような形でアルフレッドがいるんだろう?
勇者は森で魔物を討伐しているときに王女の悲鳴を聞いて、たまたま駆けつけるというイベントだったはずだ。
その時、音が聞こえてくる。
ガラガラ…ガラガラ…カツカツ…カツカツ…
馬車の音だった。
音の方へと目を向けると上等そうな馬車が近づいてきており、おそらくあれが王女が乗っている馬車だろう。
アルフレッドが前のめりになって身構えたのがわかる。
彼がなぜここにいるのかはわからないが、目的は同じなのか?
ならば競争になる。俺が先に王女を助けてやる!
馬車は近づいてきている。
魔物たちが出現する機会を待つ。
「ヒヒーーーンッ!!!」
馬は大きな鳴き声を上げて、馬車は急停止した。
馬車の前には飛び出してきたゴブリンたちが立ちふさがっている。
「キャーーー!!」
王女であろう悲鳴が森の中でこだまする。
「ちょっ……」
後ろからアルフレッドが飛び出してくる声と気配を察する。させるか!
俺はアルフレッドの前に被せるようにして飛び出す。
「ちょっと待てぇーーーい!!」
俺は飛び出して、すぐさま馬車とゴブリンたちの前へと立ち塞がる。
「あ、あなたは……?」
後ろを振り返ると馬車の中には美しい王女がいた。
年齢は俺と同い年の16歳はずである。
長い金髪は柔らかなウェーブがかかり、光を受けて輝いている。
澄んだ黒い瞳は驚きの中にも凛とした強さを感じさせた。
肌は透き通るように白く、頬にはほんのりとした赤みが差している。
服装はお忍びでの動きを考えたものであろう、白いシャツに深緑のレザージャケット、黒いスリムなズボンに膝丈のブーツ。
動きやすさを重視した簡素な装いだが、どこか隠しきれない上品さが漂っていた。
「通りすがりのものです。この魔物たちは私にお任せください!」
「よ、よろしくお願いします!」
王女の応答を待たずにゴブリンたちは襲いかかってきた。
だがその動きは――遅い。遅く見える。
ゴブリンの適正レベルは3〜5のはずで、レベル7の自分とは釣り合っていなかった。
腰に下げた剣を抜いて、次々とゴブリンたちを斬り捨てていく。
「ブギャアアア!!」
最後の1体の断末魔の叫びが響く中、俺は剣についた血糊を振って飛ばして鞘に収める。
横目で確認すると呆気にとられているアルフレッドが後方で佇んでいた。
「すごい、お強いんですね! 私、オルデア王国が第2王女のエリーゼと申します。お名前はなんと仰るのですか?」
俺はすぐさま片膝をついて頭を垂れる。
「あらまあ、そんなかしこまらないでください!」
「王族の方を目前にしてそういう訳にはまいりません。私、カイマン公爵家が三男のグレイス・カイマンと申します」
「グレイス・カイマン…………あなたがあのグレイス・カイマン?」
俺の名を聞いたエリーゼの顔は見る見るうちに曇っていく。
悪評は王族にまで聞き及んでいるらしい。
「はい、グレイス・カイマン本人になります」
「……そうですか、助けてくれたことには礼を言います。では下がっていいです」
エリーゼは冷たく言い放った。
先程までの態度とは天と地ほどの差がある。
「かしこまりました」
「少しお待ちを。お嬢様、グレイス様に
「爺や、あなたも知っているでしょ、あの評判を」
これは王女への護衛の依頼の件で間違いないだろう。
グレイスの悪評のせいで、本来の狙いが達成できないかと思ったが、いいぞ執事の爺や。頑張れ!
「はい。ですがいくら女癖が悪いお方だといっても、流石に王族相手に下手な真似はできないでしょう。手を出せばすぐに首がとびますからね。見ての通り腕は立つようですし、カイマン領の調査への随行にはうってつけだと思われますが?」
爺や、このグレイスはその予想を裏切ってエリーゼに乱暴を働こうとするんだよ。
まあ、俺はもちろんそんなことはしないけどね。
エリーゼは口に手を据えて少し考え込む。
「…………いいでしょう。グレイス、あなたに私がカイマン領に来た時に護衛を依頼してもいいですか?」
「その前に一つ質問してもよろしいでしょうか?」
「なんでしょう?」
「なぜこの馬車には護衛の者がついていないのでしょうか?」
見た所、馬車は運転手と後は執事と王女しか乗っていない。
王族が外出していることを考えると通常考えられない。
「現在私は隠密で視察をしておりまして、その関係で警護をつけられないのです」
「なるほど、その隠密での視察というのは……」
「申し訳ありませんが、それを明かす訳にはいきません。その関係で心苦しいのですが、あなたへの報酬もあまり色よいものは与えられません」
彼女の目的がカイマン領にいる有力な商人たちに、直接会って抱き込むことだと俺は知っている。
将来権力闘争になった時の為に、今から支援者を増やしているのだ。
「報酬は必要ありません。お美しいエリーゼ様を守る為に私が尽力できるのであれば、本望です! お気になさらないでください」
「お美しい……そうやって領内の婦女子たちにも甘言を
エリーゼは警戒感を顕にする。
確かグレイスは領内の婦女子たちに覗きや痴漢行為を繰り返して、変態令息と言われているはずだった。
「まさか! エリーゼ様は特別です(何しろ俺の将来の命運を握ってるんだから)! この命に変えても王国の宝玉と言われるエリーゼ様は私がお守りいたします!」
「王国の宝玉だなんて言われたことはありませんけど……随分と口がお上手なんですね。わかりました、今回はこのまま帰路につきますが、その時はよろしくお願いします」
エリーゼは顔を少し赤くして頭を下げた。
そうか、エリーゼが王国の宝玉と称えられるのはもう少し先か。
「ところで、後ろにおられる方はあなたのお知り合いですか?」
いつの間にかアルフレッドはすぐ後方まで来ていた。
なぜか彼は俺を睨みつけているようだ。
「いや、全然知らない人ですね。偶然通りがかっただけじゃないですか?」
俺は
「は、はい。私は偶然こちらを通りかかりまして」
アルフレッドは顔を引きつらせながら応える。
「それにしても知らない内に後ろにいて、盗み聞きのような真似はよろしくないな、君。どういう教育を受けているんだね?」
「すみません、私は平民でして。興味惹かれたものでしたのでつい。部外者は退散します」
アルフレッドは頭をペコリと下げた後に、王女に愛想笑いを浮かべながら退散していく。
彼は去り際に一瞬、鋭い視線を俺に向けて去っていった。
その額には青筋が浮かんでいるようにも見えた。
「それでは、そういうことで頼みましたよ」
「御意にて。身命を賭けてエリーゼ様をお守りしますので、ご安心ください!」
「……よろしくお願いします。では」
エリーゼが顔を赤くしながら俺から視線をそらした後、帰路につくため馬車は走り出した。
中々反応が可愛いんですけど。
エリーゼはどちらかと言えば冷たい印象があったのに、こんな一面もあるなんて……。
勝ち気でありながら、凛とした美しさを持つ彼女の印象が少しずつ変わっていく。
ゲームに登場してくるヒロインの中では好みのタイプではあったので、彼女が攻略対象になるのは望むところだった。
「……面白くなってきたじゃないか」
俺は去っていく馬車を眺めながら人知れずそう呟いた。
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