第8話 合計放置時間は3時間です

朝から何度も打ち、鳴り響く木の反響音。

昨日の集団戦のイメージを持って、何度も何度も振るう。

エルフの剣術の重要なポイントは高い速度と瞬間的な威力を担保するための脱力と歩法。

そして、その脱力を行うための呼吸。

構えて吸い、踏み込んで止め、振り抜いて吐き、次の技の為にすぐに空気を肺に取り込む。


「ふっ!!!」


ビリビリと響く衝撃。

でも、実際の戦闘になれば焦りや不安でこれらに乱れが生じる。

そうならないためにも多くの訓練と実戦経験がいる。


「基本は出来てるな」


「まだまだだ。ダリウスに教えてもらっておいてもらって本当にすまん」


まだ覚え始めとはいえ、ダリウスは自分の訓練をせずに付きっきりで見ていてくれている。

引け目を感じないわけがない。


「いやまあ、そのなんだ。基本だけでお前はよく戦い過ぎだ」


「おだてるのが上手いな」


「いや、ほんと。お前に教えたのはエルフに伝わる伝統剣術。その一つの技でしかない」


思い返せば呼吸も歩法も全て似ている。

左右対称であったり、多少の違いはあれど横薙ぎ、縦斬りと大枠は同じだ。


「全ての技の原型。“森刃ラン・ホード”。それはエルフの敏捷性を活かした一対一の奇襲性に特化した技だ。もちろん、護身術の一つとしても使えるくらいには汎用的だがな」


「つまり?」


「正面から敵をバッサバッサと斬る技じゃない。護身術の一つとして全ての技の原型として覚えてくれれば良いなと」


まあ、戦いも剣の振り方一つも知らない奴には妥当な判断だ。

実際、俺はこの技でケガをしていない。


「それで他の技を教えてくれるのか?」


「教えるために来たんだよ。想定外に戦いが激しいからな」


ダリウスが木刀を構えた。

その瞬間から変わるその気配に全ての神経が目の前の男の集約される。


「打って来い。この技は見るより受けてみた方が早い」


「わかった」


隙のない構え。

だからこそ興味本位で今の自分の本気の一振りをどうするのかを試したくなった。

歩法の準備と呼吸をまばたきの一瞬で整えて放つ一閃。


「なっ!?」


弾かれた!

いや、受け流されたのか。


剣に乗っていた力が全て抜かれたような不思議な感覚。

すぐに抜かれた気を入れ直し、再度斬りかかる。

今度は自分の身体に向いていた意識をダリウスの技に向けさせる。


相手の攻撃軸に合わせ、接触と同時に徐々に水平になるように自分の剣の軸を傾けていく。

腰は屈ませ足は相手の攻撃を流すためにやや後方に飛ぶ。

回り込むように逆足を攻撃の反動を利用して回転させてるのか?

脱力は受ける瞬間、攻撃を流れやすくするために脇内に引っ張り込むところで手首や腰に力を入れている感じか?

一度や二度でわかるもんでもないな。


「……ぉぉおおおお!!!」


何度も何度も見て、瞼の裏に焼き付ける。

あらゆる方向から打ち込んで全ての攻撃に対応するやり方をパターンを記憶する。

視界に映る映像以外何もない。

攻撃しても響く音一つなく、反発してくる衝撃もないからか集中しやすい。


「そろそろ実践して行こうか!」


ダリウスの構えが攻撃の構えに変わる。

この技は相手の攻撃をいなすための剣技。

訓練には相手が必須。

必然的にこうなる。

脳裏に染み付かせた身体の動きを神経を通して、身体全体に伝達させる。

未知の動きをする時の浮わついた感覚。


「ふっ!!!」


ダリウスの攻撃に合わせて脱力。

しかし、ダリウスの剣技とは違い力を反発させてしまうような感覚が走るが最後まで技を完了させようと剣を水平にしていく。

そして、相手を脇下に誘導させるように身体を足で捻り、後方に流す。


木刀同士が擦れる音がした。

それと同時にダリウスが呼吸を入れ直す音を鼓膜は見逃さなかった。

成功なら褒め潰す性格のダリウスだから今のは失敗という事だろう。

だが、それは俺も感じていた。

まずは脱力のタイミングをワンテンポ早め、目では捉えられなかったが予想で剣が接触する瞬間に僅かに引いた。

剣をで受け止める感覚とともに手首を捻り、攻撃を剣で掴んで流すように背後に投げる。


「よし。今のはよかった」


「だが、まだ力で流している感覚だ」


攻め手と守り手の主観的な違いかもしれない。

それに一度や二度で模倣仕切れる技でもない。

これは練度の差なのだろう。


「相手の虚を突くには十分だ」


この技なら相手の背後を取れる。

より安全に安定して倒せるし、防御に徹すれば隙も少ない。

戦況に応じて対応を変えられるだろう。

流す方向を調節すれば集団戦で相手同士をぶつけることも。


「それでこの技の名前は?」


燕舞ダウサ・シアリー。昔、ツバメを捉えきれずその避ける様を体現した剣技だそうだ」


「……ツバメ」


俺の想像した羽毛で受ける感覚は間違っていなかったという事だろう。

技の名前はきっと技の本質を表している。

より練度を上げるためのヒントになる。


「わかった。自分なりに整理してやってみるから後でもう一回相手になって欲しい」


「了解だ」


ダリウスはマリアとハンナの相手もしている。

俺だけが独り占めしてはダメだ。

それに一つ技を教えてもらった。

これを実戦で使えるようにするにはそれ相応の時間を要する。


「……ツバメ」


より早い動きを追求するべきだろう。

脱力から技の完結までの工程を早く。

受ける時の脱力を腕だけで無く、他の部分も利用できるのかと試行錯誤出来ることはたくさんある。


「試せるだけ試そう」


頭の中では、さっきの技――燕舞ダウサ・シアリー――がぐるぐると回っていた。

ダリウスが見せてくれた一連の動きは、今までの自分の戦い方とは全く違う。

あまりにも洗練され、あまりにも自然に相手の力を無力化していく。

それを完全に体得するには、ただ単に動きを真似るだけでは不十分だ。

筋力、敏捷性、体重移動、そして呼吸。

すべてが一致しなければ、ダリウスのように美しく相手をいなすことはできない。


「……よし」


俺は木刀を構え、再び一連の動作を繰り返し始めた。

まずは足元から。

正確に、滑らかに踏み込む。

次に腕。

脱力を意識して、剣を振り抜く瞬間だけ力を込める。

全てが一体化した瞬間にこそ、この技の真髄が現れるはずだ。


「……ふっ!」


木刀が空を切り、振り抜いた勢いで体が前に流れる。

足の位置がややずれたが、前よりもスムーズに力を抜けた感覚がある。

しかし、ダリウスが見せたあの滑らかな動きには程遠い。


「もう一度だ……」


俺は再び剣を構え直し、何度も何度も振る。焦る必要はない。

この技を体得するには、ただ時間と忍耐が必要だ。

ダリウスだって、きっとこの技を会得するまでに相当な年月を費やしたはずだ。俺もそれを乗り越えてやる。

訓練に没頭していると、ふと背後から誰かの気配を感じた。

振り返ると、そこにはマリアとハンナが立っていた。二人とも汗を流しながら木剣を握っている。


「どうした、もう終わりか?」


俺が冗談めかして聞くと、マリアは鼻で笑った。


「それはこっちのセリフ。ダリウスに教えてもらった新しい技を見せてくれるって聞いたから、早く試合でもしてみたいんだけど?」


「私たちも稽古をつけてもらいたいんだから、独り占めは無しだよ」


「分かってる。でも、この技はちょっと特殊だから、まだしばらく練習が必要だ。まだ完璧に習得できてない」


そう返しながらも、俺は二人のやる気に少しだけ気を引き締めた。


「それなら、私たちが相手になるわよ。実戦こそ一番の先生ってことでしょ?」


マリアが挑発的に言い放つ。


その挑戦を受けるかどうか、一瞬考えたが――やるしかない。

実戦を重ねなければ、この技は本当に自分のものにならない。

俺は深呼吸し、ゆっくりと木刀を構え直した。


「頼む!」


二人の挑戦を受ける覚悟を決め、俺は再び剣を振り下ろした。


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