第39話 仕事探し

 父親が無職なままでは、娘のマリアに恥をかかせてしまう。


 そんな訳で俺は仕事を探しにきた。


「すまない、仕事を探している。何かないか?」


 ここはルーダ職業相談所。


 受付嬢に尋ねる。


 この街の中で何か仕事がないかと?


「かしこまりました。何か特技はありますか? それに合った求人を探します」


 受付嬢は丁寧に説明してくれる。


 まずは相談者の特技や経歴を聞いていく。


 たくさんある求人の中から、適した職を探してくれるという。


 なるほど、そういうシステムなのか。


 これは有り難いシステムだな。


 ちなみに前に利用した時は、傭兵団の団員の募集のためにここに来た。


 逆の立場になると、色々と学ぶことが多い。


「まず特技は人を斬ることだ」


「えっ……人を……ですか?」


「ああ、そうだ。あと部隊統率と戦術立案も得意な方だ」


「ぶ、部隊統率と……戦術立案ですか……」


「あと、夜襲による拠点破壊も得意としていた」


「や、夜襲ですか……」


 俺の得意分野はこのくらいであろう。


 受付嬢は言葉を失っているが、他にもまだある。


 だが全部言っていたら、明後日になってしまう。


 だから代表的な得意なものを伝えていく。


「お、お答えありがとうございます……それでしたら、今ある求人だと、これはどうですか?」


 受付嬢はプロであった。


 唖然としながらも、書類を選んで出してくる。


「傭兵などは、どうですか? この街の太守様が、腕利きの傭兵団を募集しています」


 なるほど、傭兵を勧めてきたか。


 確かに先ほどの俺の説明なら、合致した職業である。


 さすがはプロの受付嬢だ。


「すまない。人は殺したくない。傭兵以外はないか?」


 俺は丁寧に断ることにした。


 何故なら今の俺はマリアの父親。


 もう少し明るい職業の方がいい。


 できればマリアがクラスでイジメられない、普通の職業が最適だ。


「普通の職業ですか……他に特技はありますか? 先ほどとは違う、普通のは……?」


「普通の特技だと? それなら力はそこそこある方だ。砦の建設も得意だ」


「力仕事と修理一般ですね。では少しお待ちください……」


 受付嬢は違う求人情報を、奥に探しにいく。


 何度も探してもらい、申し訳ない。


 だがマリアの学園生活のために、妥協していられないのだ。


(それにしても、マリアの学園生活か……やはり心配だな……)


 待っている間、ふと不安になる。


 なぜなら昨日の入学の儀。


 マリアはすでにクラスメイトとひと悶着あったのだ。


(伯爵家の令嬢か……)


 あのクラウディアという伯爵令嬢と取り巻き2人は、今後もマリアに突っかかってくるであろう。


 何しろマリアは可愛くて目立つ。


 それに最年少の5歳にして、首席で入学。


 さらに数少ない平民の子ということで、いじめの対象になりやすいのだ。


(平民の親か……そうだ! 俺が貴族になればいいのか!)


 まさに目から鱗が落ちるアイデアが浮かんできた。


 平民の子でなければ、マリアはイジメられないのだ。


(貴族の話か。そういえば帝国の皇帝に誘われていたな……)


 俺は2年前の話を思い出す。


 ライバル国の帝国の皇帝から、戦場で俺は誘いを受けていたのだ。


『さすがは鬼神オードルであるな! 気に入った! 帝国の侯爵家の地位と領土をやる。だからワシの配下になれ、オードル! 返事はいつまでも待っているぞ!』と。


 当時の俺は丁重にお断りした。


 皇帝のヤツは武人肌で嫌いなタイプではない。


 だが、当時の俺には可愛い部下もいたから、その場では断ったのだ。


(あの誘いはまだ有効であろう。つまり俺は帝国の侯爵になれる。ということは、マリアがイジメられる原因もなくなる?)


 今は部下もいなくなったので、俺の身は軽い。


 貴族の地位には興味はないが、マリアのためなら我慢できる。


(いや……よく考えたら、ダメだ。却下だな)


 俺が帝国に就職したら、この学園にいるマリアと離れ離れになってしまう。


 何の意味もない解決策になってしまった。


 よし。


 もっと違う作戦を考えよう。


 やはり普通の仕事に就くことが、今は最善であろう。


 あと学園の近くで働くことができる仕事。


 マリアを見守ることができる仕事。


 これが見つかれば最高なんだが。


「お待たせしました! こちらの5件が、他にあった求人です。どうでしょうか?」


 そんな悩んでいた時、受付嬢が戻ってきた。


 五枚の求人票をカウンターの上に広げて、説明してくる。


 大工仕事や城壁の修理工などの仕事だった。


「んっ? それは……?」


 その中の一枚に、俺は目を奪われる。


 手に取って、内容を凝視する。


「これだ! この仕事なら、全ての条件を満たしている!」


 俺の祈りが通じたのであろうか?


 最高の仕事に出会うことができた。


「えーと、その仕事でいいのですか? この中でも、かなり賃金は低いですが?」


「ああ、構わん。金ならある」


 ここだけの話、金には困っていない。


 村から持ってきた金と、魔核を換金した金が、かなり残っているのだ。


「えっ……お金には困っていないけど、働きたいですか……?」


「ああ、そうだ。では、この求人の申し込みをしたい」


 唖然としている受付嬢に、俺は求人票を渡す。


 気に入った仕事の申し込みをするためだ。


 説明書きによると、この後の午後に直接職場に面接に行けばいいという。


「でも、本当にいいのですか? この学園の清掃員の仕事は、かなり重労働みたいですよ?」


 俺が選んだのは“ルーダ学園の清掃員”の仕事。


 つまりマリアの通う学園の中で働く仕事である。


「構わん。最高の仕事だ」


 学園内は保護者の立ち入りが禁止。


 だが清掃の仕事なら、大手を振って入場することができる。


 つまりマリアを見守ることができるのだ。


 これ以上に最高の仕事は、世の中にはあるまい。


「では面接にいってくる」


 こうして俺は清掃の仕事を獲得するために、学園の事務局に面接に向かうのであった。


 ◇


「えーと、オードルさんですね? 健康そうですね。では、合格です。娘さんが、この学園にいる? はい、大丈夫です。採用します」


 面接は一発合格であった。


 面接した事務局長は、体格のいい俺のことを、えらく気に入ってくれたのだ。


「では、仕事の内容は、これから説明します」


 事務局長に連れていかれて、学園の敷地内を歩いていく。


「基本的な仕事は力仕事になります。各教室の掃除は生徒さんが行います。そこで出た学園内のゴミの回収と焼却。あと教室以外の礼拝堂や食堂などの掃除。それに壊れた塀や壁


 の修理などもあります」


 仕事内容はかなり多岐に渡っていた。


 たった一人で行うには、普通に考えたら厳しい仕事。


 これなら前任者がすぐに辞めた理由がわかる。


「あと、募集用紙にも書いてありましたが、うちの学園は成果主義です。仕事が終わって報告さえいただければ、余った時間は自由に使ってください」


 これは求人票にも書いてあったこと。


 つまり早く終わらせたら、後は帰っていいのだ。


 かなり有り難い条件であった。


「なるほど。それなら早めに全部終わらせたら、あとは自由ということか?」


「はい、そうです。まあ、でも今までの人たちは、夜まで仕事がかかっていましたが……」


 問題ない。


 何しろ俺には闘気術がある。


 力仕事や集中を要する仕事は、短期間で行えるのだ。


 だから空いた時間は、自分のため、そしてマリアのために使える。


 戦の神よ、感謝する。


 まさに夢のような仕事に出会わせてくれたことに。


 それにしても不思議だ。


 何故ほかの親たちは、この仕事に申し込みをしないのであろうか?


 まあ、他の親のことはどうでもいい。


 とにかく最良の仕事が見つかったのだ。


「みなさん、こんにちは!」


 そんな時である。


 どこかの教室の中から、女の子の声が聞こえてきた。


「私の名前はマリアです。これから1年間、よろしくお願いします!」


 声の主はマリアであった。


 ちょうど自己紹介の時間なのであろう。


 元気な声で自己紹介していた。


 クラスに馴染もうと、一生懸命やっている。


(よし、俺もマリアに負けないように、頑張って働かないとな)


 こうして定職が決まった。


 戦鬼と呼ばれた歴戦の傭兵オードルは、掃除員として働くことになったのだ。

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