第28話 抜け殻
暗い森の中、ポツンと丸窓に明かりがついた家までやってくると、玄関の前で銀の髪をした少女が座っていた。
「おかえり、アランくん」
「リリス、フィオナが……」
「知ってる。私はイゾルデの、名付けの親だから」
俺の背中でおぶられ、グッタリとしたフィオナのほうを見つめた。
「ほら、入りなよ」
そう言うと玄関扉が勝手に開いた。
「ああ……」
家に入ると、そのまま地下室に通された。真っ白なホワイトキューブの中に色とりどりのドライフラワーが吊るされており、奥にはまるで棺のように花弁が散らされたベットが置かれている。その傍にはリリスの使いである小柄な女の子が立っており、こちらを見るとペコリとお辞儀をした。
「リリス様、こちらでよろしいでしょうか?」
「さすがシュナ。良いできだわ。ごめんね、無理させて」
「いえ、問題ありません。最後までリリス様のお役に立てるのならば本望です」
「そう、ありがとう……。アランくん、フィオちゃんのこと、そこに寝かせてあげて」
言われた通りに体をおろしてあげた。
「リリス、フィオナは今どういう状態なんだ?」
「そうね、はっきりいってしまえば、心が壊れてしまっている状態……かな」
「心……か……」
「うん。心の痛みを誤魔化してきた鎮静の魔法、それが解除されたというだけでもかなりのものだったのに、ウィルくんまで死んじゃって、もう限界だったのね。さらにそこへ神の魔力を注がれて、ついにパンクしちゃったの」
「神の魔力?」
「ウィルくんのこと何とかしようとして、祈りを何重にも重ねて唱えていたでしょう? 神託者にとって祈りというのは、規格外の魔法を行使するために神の魔力を借りる儀式なの。特に
「俺にはそういう難しいことはあまりよく分からないが……どうすればフィオナは元に戻るんだ?」
「んー、フィオちゃん次第、としか言えないかなー」
「何か治療とかは……」
「もちろん過供給された魔力は私が吸い出してあげるよ。そのためにここを準備したのだもの。けどね、魔力が安定したとしても、今のフィオちゃんは、フィオちゃん自身が心を閉ざしてしまってる。だからフィオちゃんにとって、何か生きる希望のようなものが見つからなければ、永遠に元には戻らない」
「そうか……」
「まあ今は考えても仕方ない。しばらくはゆっくり寝かせてあげよう。私が見てるから心配しないで。アランくんも今日は休みなよ。二階のベット、勝手に使ってくれていいから。いくら異骸の再生力を持っているとはいえ、ずっと戦ってばかりで疲れたでしょう?」
「まあ……そうだが……」
「フフフッ、そっか。私がフィオちゃんに何かしないか心配なんだ」
「な、なぜ分かる!?」
「アハハッ、図星だ! アランくんやっぱりかわいいねー。大丈夫大丈夫。こんな状態のフィオちゃんに実験なんてしないから。魔力を吸い出させてもらえるだけですでに十分」
そう言ってペロリと舌なめずりをする。
「あ、それともアランくん、私と一緒に寝る? アランくんのその右腕なら、私にとっては最高の腕枕に──」
「い、いや! 結構だ! 俺は二階で寝させてもらう」
「あらら、残念。こんな綺麗なお姉さんに添い寝してもらえる大チャンスだったのに」
シュナがリリスの後ろから睨みつけてくる。嫉妬だろうか……。
「それじゃあその……フィオナを頼んだ」
「うん、任せて。おやすみなさい、アランくん」
「ああ」
その日からしばらく居候させてもらうことになった。フィオナの魔力が安定してからも、リリスは夕方になるといつも地下室に行き、体育座りをしながらただじっとフィオナのことを見つめていた。
それから半年ほど経過して、秋も終わりにさしかかる頃、シュナが死んだ。最初にこの家に訪れた時から先は長くないと聞いていたけれど、思ったよりも早くに逝ってしまった。最期はリリスの胸の中で甘えながら、魔力を託して眠りについたらしい。
リリスは外の庭にある大樹の根元にシュナの墓を作った。リリスほどの魔女であれば、墓石なんて魔法で簡単に作れるはずだけど、わざわざ自分の手で名前を刻んであげていた。フィオナからは少女の皮を被った化け物だと聞かされていたが、それはもう千年前の話なのだと思う。ここしばらく生活を共にした俺からすれば、確かにいくらかの危うさはあるものの、十分に人の心を持っているように感じられた。
その日の夕方、リリスはシュナのお気に入りだった髪留めを供えてあげると、黙って墓標を眺める。どうやら夜通しそこにいたようで、翌朝になっても座り続けていた。その小さな背中に向けて、声をかけてやる。
「リリス……風邪引くぞ」
「……うん」
それでも動きそうにないので上着を被せてあげた。すると腕を広げて仰向けに寝そべる。
「あーあ、死んじゃった」
「そうだな」
「次の子探さないと。フィオちゃんに調達してきてもらう予定だったんだけどなー」
あまりに永く生きた魔女は自身の魔力を安定させるために、若い人間の魔力が必要らしい。そのためリリスは従魔と呼ばれる使い魔のような存在として人間と契約を結ぶらしいのだが、長い年月をかけて何代も養ってきたせいで、墓標の数はかなりのものだった。それでもお墓をつくるようになったのは千年前かららしく、それはちょうど過去の時代でフィオナと出会った頃ではないかと俺は思う。
「よし、決めた……」
急にそう言うとスッと立ち上がって家へと戻ってしまう。
「お、おい、どうしたんだ?」
「フィオちゃんのとこ行くの。アランくんも来て」
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