嫌い<大好き
数年後、働ける年齢となった私は通信制の高校に入学。昼はバイト、夜に学校という生活が始まった。友達なんて別にできなくてもいいと思っていたのに、意外にも友達ができた。その子の名前は
全ての授業が終わり、帰ろうとした時だった。
「ねぇ、ここが分からないんだけど……教えてくれる?」
数学の問題集を開いて分からない問題を指さす千弦。「ごめん。私も分からない」と首を振る私。すると、千弦は目を見開いて「え?分からないの?」と驚く。その後、なぜかニコニコと笑顔を浮かべた。
「そっかー、なんか少しだけ嬉しくなっちゃった」
「えっと……なんで?」
「なんでって。山野さんっていつも固い顔してるから勉強できるものだと思ってたし、なんか親近感?湧くなと思ってさ」
固い顔……思い返せば笑わなくなったような気もする。言いたいことも飲み込んで笑うとしたら愛想笑い。自分を押し殺すのは得意だし、その方が平和に物事が進む。
「ねぇ!」と千弦に声をかけられ、我に返る。
「ねぇ、一緒に帰らない?」
千弦は首をかたむけ、私の目をじっと見つめる。私が頷くと、急いで机の教科書を片付けて教室の隅に置いてあったギターケースを背負った。
高校生になってから、初めて誰かと歩く帰り道。戸惑いのほうが大きいけど、なんだか嬉しい。何を話したらいいんだろう、そんな風に考えていると千弦が話しかけてくれた。
「山野さん、いや葉子ちゃんだっけ?あ、私のことは千弦って呼んでね」
「う、うん」
「葉子ちゃんは音楽好き?なんか曲聴いたりする?」
「……」
一番聞かれたくない質問だった。すぐには言葉が出てこなくて、軽く深呼吸をした後に「嫌いだし、聴かないよ」と愛想笑いを浮かべる。でも、千弦には通用しなかった。
「嫌いなんて嘘でしょ?だって、いつも羨ましそうに私のギターケース見てるもん。さっき教室を出る時も見てたの知ってるよ」
バレていないと思っていた。見てると言ってもチラ見くらいのもの。千弦の言う通り、表では嫌いと言っておきながら本当は今でも音楽が大好きで歌うことも大好きで。通信制の高校にしたのも家計が苦しいからだけじゃなくて、ずっと嫌いだと自分に嘘をついて閉じ込めていた音楽を大好きだって言えるようになりたかったから。だから働いて、お金を貯めて……。目から大粒の涙が溢れ出す。久しぶりに人前で泣いた。突然泣き出す私の背中を千弦は優しくさすってくれる。そんな千弦の優しさに触れ、全てを打ち明けることにした。私の話を聞いた千弦はポケットからスマホを取り出し、真剣な目で指先を動かす。
「よし……」
そう呟いた千弦は私に「もう一回、音楽やろうよ」と微笑んだ。
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