闇に溶ける
昼休み、俺は職場の同僚2人といつものように昼食をとっていた。何気ない会話が続く中、突然、心霊スポット巡りにハマっているという同僚Aが、「今夜、近くの心霊スポットに行かないか?」と提案してきた。
「おいおい、心霊スポットなんてやめとけよ」俺は冗談半分にそう返したが、もう一人の同僚Bは、意外にもノリノリだった。
「面白そうじゃん!行こうぜ!」とBが興奮気味に言う。
正直、俺はあまり乗り気じゃなかった。心霊現象なんて信じていないし、わざわざ夜にそんなところに行くなんて、バカげていると思った。それでも、特に予定もなかったし、「まぁ、一度くらいは経験してみてもいいか」と軽い気持ちで同意した。
その日の深夜、俺たちは約束通り、心霊スポットへ向かった。職場から徒歩15分ほどの場所にある、古びた廃病院だった。周囲には人家もなく、街灯すらない薄暗い道を進むと、異様なほどの静けさが辺りを支配していた。
「ここか…」俺は不安な気持ちを抑えながら病院の入口を見つめた。入り口は錆びついた鉄のゲートがわずかに開いており、誰かが侵入した形跡が残っていた。風が吹くたびに、軋む音が周囲に響き渡り、背筋が冷たくなる。
Aが「行こうぜ」と俺たちを促し、3人で建物の中へと足を踏み入れた。内部は荒れ果てており、壁にはひびが入り、天井の一部が崩れ落ちていた。どこか湿った空気と、かすかに漂う異臭が鼻をつく。
「ここ、ほんとにやばいな…」Bが苦笑いしながら呟いた。
俺たちは慎重に廊下を進んでいった。懐中電灯の光が揺れ動くたびに、影が不気味に踊り、心臓が高鳴る。だが、特に何も起きず、俺は「やっぱりただの古い建物か」と少し気を緩めた。
すると、突然Aがその場に崩れ落ちた。
「おい、どうした!?」俺とBは慌ててAに駆け寄り、持ち上げようとした。しかし、Aは虚ろな目で何かを呟いていた。言葉は聞き取れず、ただ怯えた様子で、手足が震えていた。
「まずい、外に出よう。ここは危険だ」と俺が言うと、Bも同意し、俺たちはAを運び出そうとした。その時だった。突然、Bが「放せ!」と叫び、Aを乱暴に投げ捨てたのだ。
「何やってんだ!」俺はBに怒鳴った。しかし、Bは無言のまま、Aの方を一瞥すると、俺の視線の先でふいに身を翻し、闇の中へと走り去っていった。
「おい、待てよ!」俺は追いかけようとしたが、足が動かない。心の底から得体の知れない恐怖が湧き上がってきた。
振り返ると、Aがまだ倒れたまま呻いていた。しかし、その体は何か異様に変わり始めていた。皮膚が黒ずみ、目が完全に白く濁っていた。そして、Aは口を大きく開き、低いうなり声を上げ始めた。
「…助けて…くれ…」Aの口から絞り出されたその言葉に、俺は背筋が凍りついた。
急いでAを助け出そうと手を伸ばしたその瞬間、Aの体が一瞬で硬直し、信じられないほどの力で俺を突き飛ばした。俺は床に叩きつけられ、頭を強打して意識が朦朧とする中、Aがゆっくりと立ち上がるのが見えた。
Aの顔は、もう人間のものではなかった。目の焦点が定まらず、口からは血混じりの液体が滴り落ちていた。その姿を見た瞬間、俺は逃げ出すしかなかった。
背後からAの足音と低いうなり声が迫ってくる中、必死で外へと走り続けた。廃病院の出口に辿り着き、振り返ると、Aの姿は闇に消えていた。
その後、俺はBを見つけることはできなかった。警察に事情を話したが、AとBは「行方不明」として処理されただけだった。
あの廃病院が何なのか、Aに何が起こったのか、今でも俺にはわからない。ただ、一つだけ確かなのは、あの日を境に俺の生活は一変したことだ。夜が来るたびに、あのうなり声が頭の中で響き渡る。まるで、どこかで俺を待っているかのように。
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