輝夜の姫
私はね、本当はね、最初からわかっていたんだ。
最後にこうなる運命だったことを、分かっていたんだ。
だけれども、そんなの知らないって、否定したかったんだ。
だから、運命と同じ軌跡を辿ってしまったのかな。
「おぅい、
輝夜が木に登り足をぶらんぶらんと前後に揺らしていると、遠くから声をかけられた。
その方を見ると、それは翁であった。
「これを見てくれ、頼むよ」
手には、何やら折り畳まれた紙が握りしめられていて、それを振り回しながら輝夜に近付いた。
輝夜はすっと音もなく地面に着地する。そして息を切らした翁の手から紙をひょいと取上げた。
ひらけば、そこには何重の構成になっている複雑な製図が引かれていた。
「理論上は可能なはずなのだ。これで空を自由に飛ぶことが出来るはずなんだ。しかし、やはり、今の人間の技術では、到底無理だ」
輝夜には、その紙に描かれているものが何だかわかった。おそらくこの地上にこれが理解できるのは、輝夜と翁だけであろう。
この地上には。
「翁、しかし、これでは抵抗が小さくなりすぎてしまいます。それに重心が機体の中心にに来なければ」
この地方独特の卓上計算機の豆のような粒をカチャカチャと動かしながら、翁は「おお、そうだ」と目を輝かせた。
遠くの方では、今も稲を育てている村の人々、魚を捕って売る人々、森を切り開いて畑を作っている人々。その中にひとり、かつては竹を取っていたけれど、今ではろくに仕事もしないで、貴重な紙を消費してずっと設計図を書いている老人がいる。
「こんなものを描いて、何になると言うのですか」
輝夜は目の奥の奥からしっかりと翁を見据えてそう口を動かした。
翁は卓上計算機を動かす指を止め、私を見上げる。
「私はね、きっとあなたのように長く生きませんし、あなたのような賢き頭も持ち合わせていません。ですが、憧れるのは自由でしょう?」
翁は青空の中、浮かぶ白い円を見た。
輝夜もそれを見て、しかし、目を細め、また口を開く。
「たとえ絶対に届かぬとしてもか? 」
「ええ。それでも、きっと」
その時に突風が大地を駆けた。
桜の花びらが一斉に舞い上がり、ゆっくりと降りてくる。その景色があまりにも綺麗なので。
「ここでの景色は、見た事の無いものばかりですね」
口元を綻ばせた輝夜は、もう一度だけ、さらに薄くなった月を見上げた。
輝夜が地球を離れる、少し前の出来事だった。
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