第41話 黒鍵のないピアノ
暗い暗い森の中、ラフィネさんはオオカミなどの肉食獣に例の鹿の骨を横取りされていなかったことに心から安堵したようだ。そんなに心配なら魔法をかけて、骨自ら屋敷へ向かってもらえばいいのに。と思ったが、すぐに考えを改めた。骨化した鹿が一人でに森の中を歩いているのを万が一森へ訪れた人間に見られたら大変だ。どんな噂が立つかわからない。ラフィネさんが半魔法使いだということは、知られてはいけない。
ラフィネさんは鹿の骨を魔法で浮かせると、「さあ、帰りましょう」と言って浮足立つように店への帰路を辿る。気のせいだろうか、鼻歌まで歌っている。
「何を作りましょう。わくわくしちゃいますね」
「僕も何か練習のために作りたいです」
「いいですよ。これだけの骨があれば何作品か作れますから」
屋敷へ戻って来ると、ラフィネさんは早速アトリエに鹿の骨を運んだ。
僕は晩餐会が始まる前にパトリシアさんが持たせてくれた食事を皿に出してテーブルへ並べた。晩餐会に最後までいられないとわかると、クロシェットさんはパトリシアさんに事情を話し、僕たち二人分の食事を持ちかえることだ出来るようわざわざ用意してくれたのだ。晩餐会に出す食事のほとんどはもう作って用意してあるから、と言って。
こちらの都合で晩餐会に最後までいられない上に食事まで頂いてしまったのに、二人は「みなさんにお出しする前に調理するものは持たせてあげられないのだけれど」と申し訳なさそうにしていた。申し訳なさそうにしなければならないのはラフィネさんの方なのだが、彼は相変わらずなものだから僕が彼の分も恐縮してしまう。
頂いた食事を並べ終えてラフィネさんの様子を窺うと、彼はまだ手を洗っているところだった。ただ佇んでいるのも変かと思い、先に席について待っていることにした。
「それにしてもあの魂柱、透き通ってたな…」
人間の骨はアンティークのようなセピア色がかった白だけれど、魔法使いの骨というのはみな透き通っているものなのかもしれない。まるで硝子のようだったが、それとは異なる美しさがあった。
魂柱のことを思い出し思わずため息をつくと、ラフィネさんも席についた。
「疲れましたか?。今日は長時間の外出でしたからね」
頂きましょう、と彼はさっそくフォークとナイフを手に取る。疲労からのため息ではなかったけれど、わざわざ訂正することでもないだろう。
「クロシェットさんの演奏、とても素晴らしかったですよね」
「ええ。私もそう思います」
ふと視界の端に映ったピアノに視線が向く。そう言えば…
「先生もピアノがお上手ですよね」
「見ていたら弾けるようになっていましてね」
見ていたら?。
ラフィネさんは背もたれのないピアノの椅子に腰かけ、僕を手招いた。蓋を開けてそっと毛氈を取る。
そこで首を傾げた。
「このピアノ、黒鍵がありませんね」
白鍵を指でなぞりながらラフィネさんは柔らかく目を細めた。
「これは後で別の骨を足す予定なんです」
「まさかこのピアノも先生の作品なんですかっ?」
「元々はある女性が持っていたピアノで、私は依頼でただ白鍵を取り替えただけですよ」
その女性はアレテさんと言った。
二人の出会いは、僕が生まれるよりもっとずっとずっと前のこと。
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