第38話 印象に残っている曲

 なぜかしら、と不思議そうにするクロシェットさん。それもそそはずだ。彼女からしてみたら、僕たちと彼女の恩師には何の関係もないのだから。

 生前彼女の恩師であるオンドさんがラフィネさんに依頼したことは、現時点では伏せておかなければならない。もしも『鈴を転がすような声で笑う可愛い子』がクロシェットさんではなかった場合、彼女をぬか喜びさせてしまうだけだ。確証のない話で喜ばせて、やっぱり違いましたと傷つけたくはない。



「もしかしてお二人は、オンド先生の居場所をご存知なの?」



亡くなっている、とは言えない。オンドさんの遺した魂柱のことは伝えずに、オンドさんについて覚えていることはないかとクロシェットさんに尋ねてみることにした。

クロシェットさんのいうオンド先生と、ラフィネさんが依頼を受けたオンドさんについて一致する部分があれば間違いなく『鈴を転がすような声で笑う可愛い子』というのはクロシェットさんのことだ。



「そうですね…怪しく、でもどこか不思議な雰囲気を纏った美しい女性で、いつも肩からワインのような色のストールを羽織っていたと思います」



ラフィネさんに視線を送るが、彼は首を横に振った。確かにこの情報だけでは、オンド先生とオンドさんが同一人物であるかどうかは判然としない。怪しくて不思議な雰囲気を纏った美しい女性というのはクロシェットさんの印象で客観性がない情報だ。それに、ストールを羽織っている女性はどこでもよくみかけるし、ラフィネさんからオンドさんがストールを羽織っていたとは聞いていない。彼女と過ごしていた時と季節が違えば、ストールの有無は変わってきてしまうだろう。オンド先生とオンドさんが同一人物だと断定するには情報が全然足りない。



「クロシェットさん、他にオンド先生について特徴的に感じたことや、思い出などはありませんか?」


「幼い頃のことですから…」



頬に手を当て、眉をハの字にして目を瞑る彼女。なんとか何か印象的なことを思い出そうとしている。

 クロシェットさんが真剣に思い出そうとしている間も、ラフィネさんは満足げに紅茶の入ったカップに口をつけているだけだ。長年受取人のわからなかった作品の受取人かもしれない人が目の前にいるというのに、なんていう緊張感のなさなんだ。それとも、この人にとっては〝長年〟ではないのだろうか。しばらく受取人のみつかっていない作品、という認識なのかもしれない。

 僕だけがソワソワしていて、飲んだ紅茶の味も全くしないほどだ。



「ごめんなさい。オンド先生についてはあまりはっきりとは思い出せないわ」


「そうですか」



困った様子で例の箱を渡すか考えあぐねているラフィネさんに、「あの」とクロシェットさんが続けたので彼も僕も彼女に視線を戻した。



「オンド先生の特徴ではないかもしれないのですが、この曲は印象に残っているんです」



彼女はそう言うと、早速ヴァイオリンを手にした。

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