第24話 初春の宴
外は雪、年の瀬の
こないだの〝衝撃石事件〟の発端となった地下室へ通じる厨房には厳重な封印をして、ちょっとやそっとじゃ開けられない特注の鉄扉に付け替えられました。
そんな厨房の上では、何事もなかったかのように、夕子叔母様、家政婦長の菊乃さん、それに寧音さんと私・千石片帆の四人が、役割を分担してお節を作っています。
夕子叔母様が、
「皆さん、ちゃっ、ちゃっと終わらせましょう。これが終わったら殿方の餅つきをお手伝いしますからね」
「はーい」
家令の山川さん、従僕の白井さんが、手際よく松飾りや
おじい様といえば、趣味のジビエ燻製の窯のある物置小屋に籠っていらっしゃいましたので、午後、情勢人一同がそちらに移動しましたところ、一切れずつ、お味見をさせて戴きましたのよ。
よく屍鬼(※吸血鬼)は血以外を口にしない――という俗説があるのですが、夕子叔母様以下、家中の方々は意に介さないご様子。
寧音さんが首を傾げていると、夕子叔母様がお察しになって、
「血液は栄養素というよりも、魔素の摂取という意味合いが強い。貴女のおじい様の血液なら常人の数万倍の魔素量だから、一滴摂取すれば数年分の魔素が補充できてしまう。――だから、それだけでは栄養素が不足するので、ふつうの人と同じように、食事を取るのよ」
「ソーセージには豚の血を使うものがあるし、蝮の血を直接飲む人もいる。それじゃあ、常人と吸血鬼の違いってなんですか?」
「血の魔素によって得られる、通力かな――」
寧音さんは判ったような、判らぬようなお顔です。
夕子叔母さ様は続けて、
「寧音さんも御承知のように、岐門伯爵家では、伯爵である父・お屋形様と姪である片帆さん以外、屍鬼化している。皆、むかし、何らかの事故・大病によって瀕死の状態となった折、衝撃石の円卓に仰向けに寝かされ、屍鬼になったの」
「夕子おば様、つまり屍鬼というのは、衝撃石によって、人間の上位種に種族進化をした者というわけですね。ここ厨房地下にある問題の衝撃石ですが、それっていったい何ですの?」
「――隕石の衝突により高温高圧で溶融生成される縞模様がある、レアタイプの石英のことで、隕石孔周辺にあるらしいわね。もともとはシベリアにあったらしいのだけれども、ここの丘にお屋敷が建つはるか前、鎌倉時代に、ツングース族と交易をしていたアイヌ人たちが持ち込んで、信仰の対象にしたのだそうよ。」
*
年が明け、昭和三年となりました。
岐門伯爵家には本館と、その北側にある別館とがあり、おじい様や夕子叔母様、そして私が本館に、対して家令の山川さん、家政婦長の菊乃さん、従僕の白井さん達が別館に、それぞれ住んでおります。
別館も本館同様に二階建ての和洋折衷洋式で、一階には十六畳からなる広間がございました。新年はそこで、主従無礼講の宴が催されるのです。
輪島塗の赤い重箱を開けますと豪華絢爛。お節料理は、黒豆、数の子、佃煮、たたきごぼう、かまぼこ、伊達巻、栗金団、お多福豆、鰹節・鯛・海老・鰻の焼き物、紅白なます、昆布巻、椎茸、豆腐、蒟蒻、蓮根、里芋、金柑、梅の形にした人参エトセトラエトセトラ…
新年の宴には年末にお手伝いをして戴いた物部寧音さんの他に、職場同僚の吉田先生、それから私の婚約者候補である警察署長の大鳥様が招待され、いらっしゃいましたのよ。
宴席では、学生の寧音さんは未成年でしたので緑茶ですが、私を含め他は成人なので、お食事のお供に熱燗を戴き、ほろ酔いになったところで、隠し芸大会が開かれました。
「ではここで、拙者・山川が、我ら岐門家の縁起をいたします――」
もともと岐門家は平安の昔、信州岐門ノ荘に起こりました。
岐門百合ノ中将なる貴紳は、和歌を詠ませれば当代随一といわれる一方で、鋼の強弓をして一里先の的を射るという強者としても知られており、ときに都に押し入らんと試みる邪鬼をことごとく平らげたとのこと。
ある年から、信州では豪雪でなかなか春がこないことがつづき、このままでは人の住まうことかなわず、土地から離れざるを得ません。人民が嘆き悲しんで朝廷に訴えましたので、帝は百合ノ中将に兵三千を与えて彼の地に送りこみました。
中将が諏訪大社で、山河に住まう土地の神々に事情をうかがいますと、
――見目麗しい豊穣ノ姫神に懸想した冬ノ大神が、しつこく追いかけるものだから、恐れおののいた姫神は戸隠《とがくし》の地に隠れてしまわれた――とのこと。
「されば、戸隠の岩戸を開けるまでのことだ」
剛毅な百合ノ中将は、信州に赴き、森の中の道ならぬ道を手勢とともに戸隠に入ります。ところが、途中、邪魔立てすると予想していた冬大神があまりにも静かなので、首を傾げていました。
戸隠の入口には重厚な土塁と城門で守られ、冬大神とてこじ開けて中に入れるものではありません。門前に陣を張った百合ノ中将のところに、巫女装束の神使が顕現し、進言なさいました。
「――冷ました馳走をご用意くださいませ。冬ノ大神は温かい料理を嫌うのです。おもてなしをなさった後に、弓の腕比べをしようと持ちかけるのです。冬ノ大神も、貴男様同様に弓の使い手ですから、勝負に勝ったら姫神を諦めて欲しいと切りだされればいいでしょう」
「あい判った」
神使が帰ると、言われたように中将は重箱に御膳を準備し、冬ノ大神を招待して宴を催しました。
大神を交えての宴がたけなわとなり、ほろ酔いになられたところで中将が、「弓比べの余興などいかがでございましょうか」と申し出ます。
「面白い趣向じゃ!」
もちろん中将は、
「私が負けましたらば我が首級を大神の
「ふんっ、そういうことであったか。誰の入れ智恵か見え透いておるが、まあよい。受けて立とう」
勝負は十二本の矢を二里先の的のど真ん中に当てるというもの。一里先の的になら百発百中の中将ですが、二里先となれば自信が揺らぎます。しかも相手は四海に名を轟かす冬ノ大神ですので、勝負はといえば、中将が九本を、大神が三本を的に当てる結果となりました。
「ゆえに戸隠を出られたもうた豊穣の姫神は、春夏秋冬のうち春から秋までを人里でお過ごしになり、冬になると大神のおわす山ノ都にお過ごしになるという和約が結ばれました。――以来、春を待ちわびる岐門ノ荘の民は、正月になりますると、冬ノ大神の嫌うカマドの火を消し、「早く姫神をお返しください」と御節をつくってお供えをするようになったとのことです。――というわけで改めて、謹んで新年のお慶びを申し上げます」
一同、深々とおじい様に一礼をなさり、それから向き直って、個別に一礼をいたしました。
上座から大鳥様、吉田先生、寧音さんと並んでいらっしゃいましたので、私はまず大鳥様に一献いたします。
両袖にコロンを漂わせた洋装の大鳥様は、
「
「どうしてそれを御存じなのです?」
「男の子の感ってやつですよ」
「まあ……」
末席にいた家中の従僕の白井さんが、
「菊乃さん、〝岐門家縁起〟は本当ですか?」
「ああ、あれね。家令様がおつくりになったお話しよ」
二人ともお声が大きいです。
けれども、宴席の方々は皆、聞こえないふりをして、ニコニコとお節を召し上がっておられました。
そして――
紋付き袴姿のおじい様がお立ち上がりになり、
「道立岐門女子中学校の
わっ、新春初サプライズ!
「第Ⅲ章
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