第21話 坑道の女神
お爺様の手術が無事終わり、朝方、家政婦長の菊乃さんを残し、私達はひとまずお屋敷に戻ることにしましたが、一階、エントランスルームの床には、撃たれたおじい様から飛び散った血が残っていましたので、それを菊乃叔母様以下、家にいる者全員で拭き取りました。
床を拭きながら私は考えました。
震災で亡くなったと思われた父を洗脳して刺客に仕立て、おじい様を襲わせた、カルト教団・
「皆さん、ちょっと小休止しなくって?」
夕子叔母様がミルクティーを入れて下さったので、家令の山川さんや従僕の白井さんも交えた皆で、お茶を戴きました。
「私が子供の頃、瞳お姉様と秀太郎様(※大鳥署長)、そして私の三人はつるんで、あちこちを探検したものだった。―― 一番面白かったのが坑道探検だったかな」
坑道というのは、町はずれにある炭鉱のことです。
「坑道? 中の人に叱られませんでしたか?」
「うん、現場監督に見つかって、こっぴどく怒られた」
そんな話しをしていると、電話がかかってきました。――物部神社に下宿している吉田先生からでした。
――町外れの坑道でトラブルがありましてね、鉱山会社が町長に泣きついたらしく、町長と内務省から、火急的速やかな解決を依頼されたってわけですよ。
*
問題の炭鉱は稼働停止になおりました。煉瓦造りの事務所前にはレールが敷かれており、それに沿って行くと坑道にたどり着き、すり抜けるように坑道奥に入って行きます。坑道内には、ところどころに、トロッコが停まっていて、歩くのにちょっと邪魔、リュックを背負った吉田先生に続いて、私・千石片帆、寧音さんが続きます。
私が振り向いて、
「寧音さんは、もう、よろしくって?」
「もちろん、大丈夫です」
そこで先頭を行く吉田先生が、
「ここで今回の問題のポイントを挙げておくよ。――ご存じのように、
そこで、
轟……
レールが敷かれた坑道には、照明が等間隔で設置されておりました。突然トロッコが動きだし、奥の深淵へと消えて行ったのど、入れ違いに、半透明な人影がこっちにせり寄って参りました。
寧々さんが両の頬に手をお当てになり、
「わっ、キモい」
「軟体系亜人だな。――姫先生、こんな人影が幻夢境にいましたね」
「ええ、黒いガレー船で船を漕いでいた、レン人奴隷によく似ておりますわね」
「そんなものが出るってことは、この坑道って、幻夢境に至る地下迷宮・
ツルハシを持ったレン人鉱夫が、ふらふらと寄ってきたとき吉田先生が、
「こいつらは無害だ。動かないで通り抜けさせろ」
坑道の壁に、〝地下三百米〟と書かれた看板が設置されていたあたりに、ドームの広間があり、今しがた動き出したトロッコがたまり場になっています。天井には通風孔があり、ブーンブーンとファンの音が鳴り響いておりました」
そんなドームのトロッコ溜まりの陰に隠れていた、殿方四人が私達三人の前に姿を現します。
吉田先生が懐に収めたガンポケットに手をさし込んで、
「
「はい私は、東日本教区の管長をしております……」
見憶えのあるお顔。
「上野から岐門町までご一緒した医師の田中先生ではありませんか?
「千石君、片帆お嬢さんを撃って、教団への忠誠をお見せなさい」
「お父様!」
関東大震災で亡くなったとばかり思っていた父・
「片帆、伯爵様は?」
「なんとかご無事です」
「実はあのとき自分が撃ったのは空砲だった。伯爵様とはあらかじめ示し合わせていた。教団から借金をしたのは、教団に接近するためだったんだ」
拳銃を手にした父は、私達の側に背を向けると今度は、銃口を官長の方へ向けました。
田中さん達・太言教の皆さんが、入口のほうへ逃げていくと、大鳥様と麾下の警察署の皆様が待ち伏せていて三人を確保し、一網打尽にしたのでした。
部下である巡査の皆様が手錠をかけると、大鳥様が片目をつぶり、
「千石さんは戸籍上、関東大震災で行方不明となっていらっしゃるが、実は特務に所属している。――その辺は皆さん、今後も御内密にね」
拳銃をガンポケットに収めた父は、私を抱擁すると、「いずれまた……」と言って、大鳥さん達と一緒に、坑道口のほうに出て行きました。
ここで仕切り直しです。
吉田先生が、リュックから祭壇のパーツを取り出し、手早く組み立て始めました。先生が烏帽子・神官服姿になると、合わせて寧音さんも巫女装束になっていました。
「さすがは婚約者同士、息もぴったりですね」
「やめてください、こんな奴との結婚話は親が勝手に進めたことです」
――何をおっしゃるの、寧音さん。吉田先生の寝所に行って、お布団に潜り込んでいたじゃないですか。
若い
「寧音さん、吉田先生はなにをなさっているの?」
「兼好がやっているのは
吉田先生が床に、見えない図を描き終えたところで、
「蘇民将来」と唱え、UUU……と咆哮を加えます。
蘇民将来は鉱山を統べる山王神のうちの一柱と言われています。またUUUという咆哮は神の召喚を意味します。
召喚されたのはインド女性のような薄絹のサリーを身にまとった
女神様が、
――そなたの名は?
「チャーリー・チャップリンと申します」
もちろん偽名。――うかつに本名を名乗ったりしたら神霊は、召喚者を異界に連れて帰る場合もあるからです。
――ちゃーりー・ちゃっぷりん
「この坑道を築きし者が、地脈と知らずに傷つけてしまいました。さぞかしご迷惑をかけていると思います」
――ほう、
「ではこうしましょう。最後の石炭鉱脈が一本だけ残っています。それにだけは地脈を傷つけし者どもに手をつけさせぬと確約いたします」
下半身蛇で浅黒い肌を女神は、薄絹のサリーで上半身・巨乳近辺を覆い、頭・鼻・耳・胸・腕を黄金装身具で飾っていた。
――その点は承知した。だが……。
「だが? ……ああ、アレの件ですね?」
女神が吉田先生のそばに身を寄せてくると、切れ長の目を細めつつ、頬を寄せて耳打ちするように、
――そう、アレ件じゃ。
数日後――
石炭鉱脈がまだ残っているのにも関わらず、鉱脈に沿った坑道の一つが爆破によって閉鎖されることになりました。その際、立ち会った若い宮司は、S&W拳銃に銀弾を装填し、〝蘇民将来〟の呪符を撃ち抜いて、地底の女神に契約の履行を果たしたことをお報せしたのです。
地脈は残されましたが、炭鉱の坑道掘削によって細くなったのは事実です。――そのあたりの代償として……。
鉱山主には
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