第4話 末吉末吉 危機感ない

 アピュロン星人と名乗るヤツが異空間から起こした交通事故に巻きこまれた。

 それでいまは、この夕暮れみたいな空間にいる。この後、また別の場所へ飛ばされるのだそうだ。


『みんな、ちょっと待って。ミール・ユニットばかりで、手持ちの枠を埋めちゃダメだって。食料より優先するものがあるから!』


 冷静な判断でアドバイスをしてくれているが、聞きはしないようだ。


『うるせぇんだって!』

『分けろッ、分けろよお』

『おい、オレまだ1個も取れてないんだって』


 あちこちの人型パネルから、争う声がする。

 大勢が、我先われさきにと食料を表す黄色い丸を、枠の中に詰めているようだ。

 21個の人型パネルの上に浮かぶ3マスの枠の中は、目まぐるしい速さで黄色の丸が埋まっていく。


「みんな勢いが、スゴいな」


 ただの勘だけど。さっき注意してくれた女性の声には、耳を傾けるべきだという気がする。

 ミール・ユニットを取るのは、2つで止めておこう。


「2個は取れたな、後の枠はなにを埋めればいいのかな?」

「ダメだッ! 取れない。どうしよう、どうすればいいんだよッ!」

「どうした? 花地本。ミール・ユニットが取れなかったのか?」

「苦手なんですよ! どうして他のヤツら、身勝手なことばっかりするんだよ、ちゃんと分けろよ……」


 泣いている花地本に、手持ちの四角い枠を差し出した。


「あ、あのこれ、もらっちゃっても良いんですか?」

「うん。半分ずつ使おう」


 花地本は枠を受け取ると、あわてて抱えこむ。

 確かに彼のユニットを操作する速度は遅いようだ。

 女の人の声は、まだ解説を続けている。


『自分が必要だと思う種類のユニットをよく考えて取って。ユニットを表す円形を枠の3マスぜんぶに入れたらスイッチが出てくるから、転送ができるよ。転送を開始した時間が違うと、たどり着く場所が同じにはならない可能性があるから気をつけて』


 残り時間内に出発しないと、他の人と同じ場所に転送されないのか。これは重要な情報だ。


《 この場所を離れたら 我々はもう 君たちに関与できない よく考え 協力して 帰還を 目指してほしい 》


 ひときわ大きな文字が浮かぶ。強調されたアピュロン星人のメッセージだ。

 花地本は何度も空間を叩いている。ムダにあせっているな。


「まだ時間はあるから、焦らなくてもだいじょうぶだぞ」

「すいませんッすいません」


 花地本は謝りながら消えた。

 それほど大急ぎで転送スイッチを押さなくても、まだ時間はあるのにな。

 食料はちゃんと分けられたのか? 

 残されたオレの四角い枠は、放りだされたまま宙にプカプカ浮いている。


「なにか、問題でもあったのか?」


 渡した枠を取ってみてわかった。

 なるほど。あわてて出発したわけだ。


 残された枠は空っぽだった。

 オレの分の食料は残っていなかった。

 花地本は、オレの分までミール・ユニットをぜんぶ持って行ったのか。


「そうきたかあ」


 ないものは、しかたがないな。

 これから未知の世界へ行くというのに、自分のことながら危機感がないとは思う。だけどなぁ。


「こういうの、よくあるんだよな」


 よく知っている事態でもある。

 オレは、昔からケガしやすいタイプだし、危機意識自体が薄いから、だまされることも多かった。

 子どものころからよくケガをしていて、入院中に医師から自分は恐怖にかかわる感情が希薄だとも知らされていた。

 検査もしたけど、どこかの身体の器官の問題でもなかったようだ。


 危険の予測はできても、心理として怖いという実感がない。

 ビルの屋上から下を見たら、落下の可能性は思い浮かぶ。

 それと、落ちて負うケガの度合いは、さぞや重いだろうともわかっている。

 だけど、望まない状況から自然にわきあがるはずの怖さが起きない。


 人間関係でもそうだ。

 自分に不利益な事態になりそうだとか、便利に利用されているという実感が湧かない。

 もちろん、痛いのも損なのも嫌だという感情は、ある。

 負傷や、寒暖の苦痛だってある。

 怖気づかないからといって、身体が強いわけでもない。

 生まれてから、ほんとうの意味で怖いと感じたことがないってだけだ。


「暮らすのには、ホント不便な性質だよな」


 しかも経験上、ケガしやすいとかだまされやすかったりする性質は、事態の危険度が増すごとに、より被害の程度も上がる。

 自分は最悪にサバイバルにむかないタイプだという自覚はあるんだ。


「もっとも、いま直面しているほどの緊急事態は、これまで経験していないんだけど」


 空っぽの枠を握っていると、アナウンスが響き、乗っている平面の淡い灯りも赤く明滅しだした。


《 急ぐ必要あり 残り時間は 1分 》


 時間に追われて焦った他のパネルの人らが、大声をあげている。

 ミール・ユニットだけで枠の3つのマス全部埋めた人を非難する者。

 緊急避難だの適者生存だのを声高に言い返している者。

 ずっと悲鳴じみた声をあげている者。

 誰もが、大騒ぎだ。


「あー、とにかくだ。オレも、なにかで枠を埋めないとな」


 残ったユニットには……緑と青と赤か。

 ええーと、緑がメンテナンスで青がメディック。赤はコミュニ……


《 急ぐ必要あり 残りは 30秒 》


 声に押されて、よく意味を考える間もなく手近にあった〝メンテナンス〟と表示された緑の丸いアイコンを、枠内に入れた。

 と同時に、画面上に転送と表示された四角いスイッチが表れて、勝手に押される。


《 転送します 幸運を 》



 そのとたんに──景色は音をたてて線になり、砕けて様々な方向へ流れた。


「スゴいな、これは」


 風の圧が強い。首がガクガクと揺らされる。

 方向感覚が消えた? もう前も後ろも上も下もわからない。

 オレは、落ちているのか? 上がっているのか? 

 重さとか温感とか圧感とかの身体の感覚が、よくわからない。

 戸惑とまどっていると、足が硬いものの上に立っていた。

 土。地面だよな? 


「着いた、のか?」


 夜が明けたばかりだろうか? 弱い光が、辺りを包んでいた。

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