第3話 末吉末吉 生き残るための道具

 その夜、会社の帰りに日本橋あたりを歩いていたはずなのに、気がつくと異様な空間にいた。


 夕暮れみたいな色合いのなにもない空間に、大勢の人が集められている。

 これはアピュロン星人と名乗るヤツが、異空間から起こしたややこしい交通事故らしい。


 オレたちをこの空間に一時避難させたと、宙に浮かぶ文字でそう説明していた。

 そしてこの後、オレたちはまた別の場所へ飛ばされるのだそうだ。


「まいったな」


 オレは、途方にくれていた。

 アピュロン星人は、オレたちが未知の世界で生きのびるために、自分たちの船の設備を配ると説明している。

 異星人の船のもつ機能は、飛ばされた場所での生存の役に立つとアピュロン星人は続ける。


 それはつまり、異星人の機械がないと暮らしに困るような過酷な環境にオレたちが飛ばされる、という意味なのかもしれない。

 なにより、宇宙人の機械設備を、普通の地球人が説明を聞いてすぐに使えるようになるのだろうか?


『きちんとした説明も練習なしに、宇宙人の道具をいきなり使えるわけないだろッ!』

『てめえらが、飛ばされる行き先までついてこいよッ』


 同じような懸念けねんは誰でも持ったようで、若者3人もアナウンスの来る方向を怒鳴りつけている。


《 行キ先ノ 基本的ナ 安全ハ 空間船ガ担ウ 》


 オレたちがランダムに異世界へ飛ばされるのは止められないが、地球人が生存できる環境でなければ亜空間からその場所への実体化はしない────

 そういう仕組みになっているから、異世界に着いてすぐ死にはしない。

 確かめることはできないけど、信じて安心してほしい。

 そういう話をアピュロン星人は繰り返している。


『アナタね、それは加害者として勝手な言い分よ』


 想定外すぎる事態と、予想もつかない対応の方法について、不満の声が続いている。


 たしかにアピュロン星人は、事故の加害者側だ。

 しかし、その加害者が地球人でないとなると、どんな法律に従う必要があるのだろうか?


 異星人だと自称する存在が、本当に地球外生命体なのだとしたら、その者たちに地球人と同じ人権の認識があるのかも怪しい。

 異星人の加害者が、事故に巻きこんだ者の命を助けて元の世界に帰す。

 そんな考えがあるだけでも、不幸中の幸いだった。

 と、いうことじゃないのか。


『アピュロン星人に文句を言っても、いまの私たちに得はないの。なによりごねている時間、それ自体がないから。残り時間に注意して』


 パネルの中のひとつから女性の声が響いた。

 声にうながされて残り時間に目をむけ、異世界に飛ばされるまでのタイムリミットを確認した。

 残りは……ほぼ6分か 短いな。


『おいおい、残り6分だって?』

きゅうすぎだろ!』


 また、方々のパネルからクレームの声があがる。

 時間がないと知らせてもらったばかりだというのにりないな。

 文句よりも、いまは生き残る手立てのユニットというモノを知らないとダメだろう。


 そのためには、この宙に浮かぶ文字をドンドン読むしかない。

 しかないけど、読むのは遅いし、苦手だ。浮かんでいる文章は、すごく読みにくいし。

 なにより、残り時間が少ないよな。

 とにかくそのユニットというモノを、取ればいいのだろう。


 だけど、それはどれでどこにあるんだ? 

 自分の周りの空間には、ごちゃごちゃに文字やら図形やらがたくさん浮いていて、なにがどれだかわからない。


「ちくしょう! 文章どうしが、文脈でつながっていないじゃないか。きちんと並べてくれよッ」


 花地本が、そうとうに焦っている。

 なるほど、そうか。文章が読みにくいのは、浮かぶ文章どうしに、意味の流れでのつながりがないからか。


《 使用ハ 視界ニ 浮カブ 4種の円形ヲ 選ビ 手持チノ 四角イ わく 3ツガ 連ナル 図形ノ中ヘ 入レョ 》

「あの、その〝カタカナ表示〟は読みにくいから〝ひらがな〟にしてくれないか?」


 思わず声に出したら、文字は一瞬で〝ひらがな〟へと変わった。


《 あと4分後 または 各人の持つ枠に3つあるマス目が すべて埋まったら 転送が始まる 》


 みんなが持ってる枠の3つのマス目? 埋める? 

 そういえば、あったな。枠の形をしたアイコンの格子こうし

 これのことか?


 さまざまなユニットをあらわす4色の丸を選んで、手持ちの3つに区切られた枠の中にドラッグして入れて置くと、そのユニットを取得したことになるのか。


 そうだよな。考えてみたら、とうぜんだ。

〝異空間に設置された異星人の機器を受け取る〟なんて突拍子とっぴょうしもないことに実感なんて、ないものな。

 せめて、アイコンとかでユニットの取得状況が表示されていないと現状の把握はあくもままならない。


 それで、ユニットを表す丸いアイコンは、どこに置かれているんだ?

 手前のつながった立体文字列をたぐり寄せて読む。


「文字の奥に、たくさんの円形の集まりが浮かんでいるぞ。これか?」


 おそらくこの色分けされた丸が、アピュロン星人の空間船にあるそれぞれのユニットを表している図形だ。

 まずは、黄色いのをつかんで……お、表示が出た〝ミール・ユニット〟食料だな。取るか。

 丸いアイコンを摘んで引いているうちに、あちこちで悲鳴があがる。

 花地本も必死のようだ。


「もう時間がない! ダメだ、上手く入らないッ」


 オレには生まれつき危機感少ないから、焦りはしない。

 だけど、単純にこういう細かい作業をするスピードが遅いんだ。間に合うかな?


「えーと。丸を四角いマス目まで持ってきた後は、ただ置くだけで良かったのか?」

『説明は、丸の集まっていた所の近くに置いてあるよ』


 つい漏れたひとり言に、返答があった。軽く驚いたけど、助かる。

 ユニットの集まっていた所の近くにある文章……これだな。

 誰か知らないけど、教えてくれてありがとう。


《 ユニットを表す 円い形をつまみ 各人の前にある四角い枠の仕切られたマス目のなかに置いたら 取得したことになる それで 完了 》


 置くだけだな。よし取れた。

 マスに入った丸からは〝ピコンッ〟と確認音がした。

 見ていると、自分から動く丸もある。


 そうか。共有のユニット置き場だから、誰か他の人が丸を摘んで動かしているのか。

 人型の薄いパネルの上に浮かぶ枠へ、取ったユニットの名前が表示された。


『おい、この丸いシールみたいなのが食料を表しているのかよッ、わかりづれえなぁ』

『食べ物はこれね! この黄色い丸がそのアイコンなのよねッ!』

『これはアピュロン星人の食べ物なのか? 人間に食える物だろうな?』

『地球人に食べられる仕様よ。身体の健康のために必要な栄養がぜんぶ入った食品。でもよく考えて取った方がいい』


 そうだよな。

 飛ばされた環境で、すぐに食べ物が手に入ると決まっているわけじゃない。

 アピュロン星人が言う生存可能な環境というのは、がんばれば生きていられるということだろう。

 なにもしなくても、必ず暮らしていけるということじゃないから、運が悪ければ死ぬこともありえる。

 だとしたら、食べ物を取れるだけ取るのも、ありかもな? 


『あれ? この数だと人数で割りきれないよね?』

『バカ! 黙ってなよッ』


 そうか。食べ物のユニットは、枠いっぱいまで均等に分けられるだけの個数がないのか。

 そうと知って、みんなあわてていた。


『おいまて! 1人1個までは、均等きんとうに分けられるだろ』

『しらね』


 取り合いに火がついた。

 眼の前に浮かぶミール・ユニットを表すいくつもの黄色い丸が、四方へ飛び散っては消えていく。


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