17。メルティとナノの手伝い
それから二日間、メルティたちはただひたすらに沼を回った。
その間に討伐したモンスター数がどれくらいか。
キツネの冒険者ランクが、初心者の「白」から見習いの「橙」に上がってお釣りが出るほどである。
目標である「デジタリアの博愛」は見つからないクセに、報酬だけはわんさかと貰える。もはや、何のために森へと向かっているのかも、わからなくなってくる。
簡潔に言い換えると、難航しているのだ。
薬草が見つからぬ。見つからぬのだ……。
さて、前置きはほどほどにして。
四日目の朝、今度こそはと意気込んだ二人が家を跳び出す。
「そろそろ、何とかしないとですよね。このままでは埒があきません!そう考えると一週間って、とんでもなく短いですよ!」
うがぁと頭を抱えて唸るキツネ。
「……実は無理な依頼とか」
「それはお父さんに限って、ありえません。あの人が何かをさせようとする時、大体『何か』あるんです。無理なお願いをされたこともないですし」
「そうなんだ」
「はい。どうせ『自分で考えて動け』ということなのでしょう。ああ……絶対に今、どこかから私達の慌てふためきっぷりを嗜みつつ、『イーヒッヒッヒッ』って魔女のような笑いをあげているに違いありません!!」
ぷくぅと膨れるキツネ。
「魔女じゃない。魔男」
「『魔男』って、なんだか魔族の男性みたいじゃないですか……」
「『魔性の男』かもしれない」
メルティのアイディアに、ご冗談を、と手を扇いで笑うキツネ。
「やだなぁ、うちのお父さん、いくら可愛くても魔性はないですよー」
「でも美人のオーリンさんを妻にした。おかげで産まれた子もかわいい」
「っ……!メルティちゃんってば、なんて可愛いことを言うんですか!そうですねぇ、メルティちゃんみたいな可愛らしい女の子と……はっ!ちょっと誰ですか、今『結婚したい』って言った人!出て来なさい、私が相手します!!」
「キツネ。落ち着いて。みんなコッチ見てる」
勝手にヒートアップしていくキツネを、袖をクイクイと引っ張って正気に戻すメルティ。
はっと我に返るキツネ。
どうしたどうしたと様子を見に来た通行人や露店の人が、ちらほら。
ようやく「自分が恥ずかしいことをした」と気がつき、メルティが手を取って歩くとキツネは大人しくついていった。
顔は茹でダコのように真っ赤である。
広場に向かい、ベンチに腰掛けて一旦落ち着く二人。
「それよりも薬草」
「はい、そうですよね!『デジタリアの博愛』……でも、現実問題どう探しましょうか。手がかりゼロはまずいですよ!」
「ネコラさんにヒントは……」
「まあ、もらえないでしょうね」
「……【悪――」
「ダメです!」
「ぶぇ」
【悪役カード】を多重使用すれば、もしかしたら見つけやすくなるかもしれない。
――と、提案しようとしたメルティは、キツネに両頬を大福もちのように捏ねられた。
「いくら使い勝手がいいといっても、使いすぎは絶対に良くないです!取り憑かれちゃったときに、私が傍にいるとはかぎりません。だから、『使うな』とは言いませんが、これしかないという時にだけ使ってください!」
わりと真面目な意見だったので、メルティはこくりと頷くだけにした。
「気をつける。……あと、何か案はある?」
「んん……強いて言うなら、宮殿にある文書館でしょうか。あそこなら間違いなく正確な意見が載っているでしょう。ですがあそこはもうお偉いさんしか―――」
「なにかお困りなのだ?」
そんなハキハキした声に、顔を上げる二人。
目の前に立つのは、長身の少女。
スタイルが良く、深く被ったフードとベールから、潤った肌とギザギザした歯が覗いている。髪は薄い紫だろうか。
手に持っているのは、箒とゴミ袋。
背に装着しているのは、木の棒が一本。
「あ、あなたはあの時の……!」
この格好。この喋り方。
顔がわからなくとも、覚えていないはずがない。
この間、メルティたちがギルドに行った時。
難癖をつける男からゴブリン族の少年をかばった――あのフードの少女であった。
「ん?あーそういえば会っていたのだ。ギルドぶりなのだ」
「うん、……ギルドぶり」
「それで、何に困っているのだ?」
どれくらいまでなら、言っていいのか。
迷って二人が顔を見合わせていると、大勢の子供の騒ぐ声がしてきた。
孤児院の子達だ。
路地裏から整列して出てきて、フードの少女を見つけると、誘導の先生の呼びかけすらもスルーして一直線に向かってきた。
「ナノねーさん!」
「ナノお姉さんおはようございます!」
「おはようなのだ。みんなちゃんと先生の言うこと聞くのだ」
「「はーい」」
「いい子達なのだ。今日はいっぱいなでなでするのだ。大サービスなのだ」
「わーい!」
「ナノちゃんわたしもー」
「僕もーっ!」
「ちょっと、私がさきなの!」
「はいはーい、みんな並ぶのだー。邪魔にならないようにするのだー」
「ナノ」と呼ばれているこの少女は膝立ちになると、指揮をするように腕を広げて孤児院の子達を並ばせた。
うきうきして、今にも突進したいけれど、それでもなんとか我慢する子供達。
彼女の言うことなら、一発で聞くのである。
「はい、なでなでー。よく頑張っているのだ。ちゃんと休むのだー」
「えへへ、ありあと、お姉ちゃん!」
「はい、なでなでー。お医者さんになる夢は変わらないのだ? ぜひ頑張って欲しいのだ」
「僕がんばる!」
「はい、なでなでー。エルフでも気にする必要ないのだ。頑張っているキミはいい子なのだ」
「ひゃ……は、はい! ありがとうございましゅ」
交り番にナノに撫でてもらい、励ましの言葉をもらう子供達。
メルティとキツネはその間、じっとその様子を観察していた。
「すみません、毎回お邪魔しちゃって……」
申し訳なさそうに頭を下げたのは孤児院の先生。ナノは気にする様子もなく、豪快にピースを返した。
「平気なのだ。いい子達なのだ」
「ええ、いい子達ではありますが、……ちょっとナノちゃんを見つけると落ち着きがなくなっちゃうのです」
「そんなことないもん! あたしえらい!」
「僕だって話きいてる」
「オレも、オレも!」
わいわいとナノに群がって、エライアピールをする子供達。ナノもまんざらでもない様子で彼らを撫でくりまわしていた。
通りすがりの大人達も、微笑ましげにその様子を眺めていた。
しばらくして、またぞろぞろと消えていく孤児院一行。
ようやく二人の番か――と思っていると、もうひと雪崩がやってきた。
次に大人たちがナノに押し寄せたのだ。
商人。農家。菓子売り。青果店。
誰もが寄って集って、我先にと声をかけ始めた。
「ナノちゃんちょっといいかい、今日いいナーマガ(甘いナス)が入ったから食べにおいで」
「なっ!ナノちゃんや、あんなバッサンのところなんかよりウチの焼き魚を食ってけや。焼きたてだぞぃ」
「ナノちゃん、よかったら頼みたい事があってなぁ。うちのお袋さんが急病で倒れちまってさぁ。パン屋の手伝い、ちょっとでいいからお願いできないかねぇ」
「ナノちゃん――」
……キリがないことと言ったら。
それなのに、ナノちゃんは困った様子も見せずに、一人一人の話を聞いていた。
「……まるで『聖徳太子』です」
ボソッとこぼすキツネ。
「ショート……?何、それ。美味しそう」
「あ、いえ、人名ですよ。なんでも、『十人のお話を同時に聞いた』、古のすごい人らしいですよ」
「……じゃあ、ナノは『三ショートなんちゃら』くらいある」
「……ですねぇ。じゃなくて!どうするんですか、メルティちゃん!このペースだと日が暮れてしまいますよ!あと、それ、人名なんですってば!」
キツネがピザの生地を作るようにメルティの肩を揺らしていると、「ナノちゃん」の声が飛んできた。
「おーい、そこのお二人。こっちに来てほしいのだ!」
「ど、どうしましたか?」
「ええと、実は……」
ナノは申し訳なさそうにフードを掻きながら言った。
「さすがにこの人数は処理きれないのだ。二人が困っていることは、ちゃんと力になるから、どうか手伝って欲しいのだ」
急いでいるとはいえ、今すぐに「デジタリアの博愛」が無ければいけない、とまではいかない。
手伝えば力になってくれるというなら、お安い御用である。
「キツネ、やろ」
「はい!手伝います!」
するとそれに反応して、大人たちが二人の方にも顔を向けた。
「おや、お嬢ちゃんたちも手伝ってくれるのかや。助かるのう」
「あらら、可愛い子たちねぇ!」
「はいなのだ。お二人も手伝ってくれるらしいのだ。さあ、拍手なのだ!!」
爆竹のごとく、拍手が沸き起こった。
後方で何やら、野次馬たちもパチパチ手を叩いていた。
(この子……一体誰なのでしょうか)
キツネには、この目の前の「ナノちゃん」が何者なのかはともかく、素直に凄いと思ってしまった。
「人をまとめる力」、そして「場を盛り上げる力」。
この二点において、尋常ではないのだ。
普通の人が、一朝一夕で成し遂げられる事ではまずない。
……なお我らが主人公、メルティはその間、ただボーッと拍手をしていた。
(よくよく、考えてみる。メルティだって大勢の『悪』をある意味統治している。その人数はメルティ基準で言うなら『何ショートなんちゃら』になるかもわからない。……当然、キツネはそれに気づいていないが。灯台下暗しである。)
「では、今から配分するのだ」
ナノはそう言うと、集まった案件を整理し始めた。
「まずは果物やチケットはありがたくいただくのだ。いつもありがとうなのだ。次にナイさんの焼き魚とオーレさんの朝食セットは、欲を言えば食べたいのだ。美味しいのだ。みんなにもオススメなのだ。でも今度にするのだ。ありがとうなのだ」
「それで、残りはお手伝いなのだ。ファオさんのパン屋はネイヤさんに手伝ってもらいたいのだ。ファオさん、ネイヤさんも定食屋を営む前、美味しいパンを手作りしていたのだ。我が太鼓判を押すのだ。ローナさんの洗濯魔道具の修理は、テイガンさんにお願いするのだ。テイガンさん、ローナさんもテイガンさんくらいのお年の父上が居るのだ。肩たたきは絶品なのだ。千年の凝りも治るのだ」
気づけば、大方のことは分配しきっていた。
たしかに、なにも全てを一人で引き受ける必要はない。
いくら素晴らしい人でも、腕は二本、足も二本である。
時間と精力は有限なのだ。
最後まで残った数は、十個。
それをナノはまとめて引き受けると、メルティたちにも分配した。
メルティが引き受けたのは害虫駆除と、赤子の世話。
キツネは花卉の水やり間引きと、青果店の売り子。
――つまり残りの六個は全て、ナノが引き受けるのである。
……先に申しておくが、「職業体験話」は省略である。
これにも色んなハプニング――特に何とかティさんの方で――があったが、それはおいおい語るとしよう。
メルティたちがぜぇはぁ言いながら手伝いを終わらせて、プレゼントやらなんやらを持たせられて広場に戻ってきた頃には、すでに陽が傾いていた。
そして、さらに驚くべきことに。
ナノはすでに全部の手伝いをやりきっていたらしく、今は藁箒に風をまとわせて、広場の掃除をしていた。
「お、いいところに来たのだ。おつかれなのだ。今日はやけに多かったから、ちょっと大変だったのだ。……それで――」
彼女はベンチに腰を下ろし、二人にも左右に座らせると、言葉を続けた。
「何か、お困りなのだ?」
ほとんど通行人がいなくなって、広場は閑散としていた。
キツネはメルティと見合って頷くと、一通りの挨拶を交わしてから依頼のことを話した。
「デジタリアの博愛」の採集依頼のこと。
フレアボアの狩りのこと。
盗賊のこと。
二人の言葉を一通り聞き終えたナノ。
しばしの間、背後に差していた木の棒を手に取っていじっていた。
それから、一言。
「……その盗賊さんたち、何か言っていたのだ?――例えば……『秘密の場所』、とか」
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