第54話「再び動き出す闇」
「そこまでだ、アルシア。こいつらにもう戦う意思は無え。」
手首を掴まれ、窘める様に言われるも、俺は無理矢理にでも剣を振り下ろそうと力を込める。
ガチガチと揺れる剣を見て、マグジールが無意識に短い悲鳴を漏らしていたが、そんなものはどうでもいい。
「止めろつってんだ、アルシア!!」
「離せ、スルト。せめてもの慈悲だ。何も知らないなら何も知らないまま、此処で全員、俺が殺してやる。」
「お前がそんな事をして、ロキが喜ぶと本気で思ってるのか?」
「………関係ない。ただの自己満足で、俺の私怨だ。」
加えて、何も出来なかった自分への罰だ。
剣が使えないならと左手でフレア・ブラストを構えるも、スルトは大きく溜め息を吐いて静かに口を開いた。
「ロキからお前に伝言だ。もし自分が死んだら、代わりにその後に起きるであろう災厄に備えてほしい、だとよ。」
「―――――――っ。」
それを聞いて、フレア・ブラストを構えた手が思わず揺れる。
「ロキが死んだ。あと約72時間後だ。何を思ってロキがお前に託したのか………それが分からねえお前じゃねえだろ。」
「…………ああ。」
未だ湧き上がる怒りと殺意を無理矢理抑え込みながらフレア・ブラストを解除して、スルトに向き直る。
スルトは俺の顔を見て、無言で深く頷いた。
「巨人族は全員、エルフの大半は既に3の世界に避難。その他は残る事を選んだ。今、フェンリル達が遠方の人里を回って準備をしている。お前は今から城と近隣の町や村を回って結界を張っていけ。この際だ、土地ごと封印してもいい。」
「分かった。アンタはどうする?」
「俺はやる事がある。合流出来るとしたら大分後だ。その前に死ぬんじゃねえぞ、アルシア。」
「分かってる。スルトも無事でな。」
「おう、じゃあな。」
いつもの感じで軽く返事をするスルトに背を向け、展開していたエレメンタル・ロンドも解除しながら、ふと思い出した様に呆けた顔をしているマグジール達を肩越しに見て、口を開く。
「マグジール。帰ってヴォルフラムに伝えろ。」
「な、何だ……………、」
いきなり言葉を投げ掛けられたマグジールがビクリと肩を震わせて身構えていたが、俺はそれを無視して、まだ終わりではないという事実を突き付ける。
「一族諸共、首を洗って待っていろ、とな。」
「――――――――――っ?!」
誰一人逃さないと、そう伝えた後、身体強化を幾つも重ね、玉座の間から大きく跳躍して地上へと向かった。
◆◆◆
残ったスルトは1人ロキの遺体を抱きかかえ、玉座の間を去った。
マグジール達はアルシアが去った後、逃げる様に負傷した仲間を抱え、既に去っている。
彼らは自分に何も言わなかったし、こちらからも投げ掛ける言葉は無い。
少なくとも、ヴォルフラムを利用した自分に何かを言う権利は無いのだ。
たとえ、彼らがこうする事を望んでいたとしても。
主を失った玉座を見た後、スルトは周囲の惨状を見て思わず言葉を漏らす。
「何をしたのか知らんが、我が息子ながらよくもまあここまで暴れたもんだ……。それだけ、お前を慕っていたんだろうけどよ。」
抱きかかえたロキの遺体に目をやった後、再び周囲を見渡す。
予想よりも早くグレイブヤードを訪れた事もそうだが、負の念の海が沈黙している事が一番の驚きだった。
一層の事、しっかりアルシア達にも伝えて迎え撃った方が良かったのでは?と脳裏にそんな思いが過るが、それは一瞬で甘い考えだったと悟る。
負の念の海が再び強く鳴動し、黒い波がこちらに向かってきたからだ。
それを見て、スルトは舌打ちを漏らす。
「まあ、そう簡単に話は進まねえか。感じた気配よりも大分落ち着いてるけどな……っ。」
しかし、それもほんの少しだ。到底踏破出来る規模ではない。
予め用意していた悪神対策の結界を張って、即座にスルトは逃走を選択する。
一部でもコレだ。残念ながらどう足掻いても勝ち目はない。
加えて、悪神から見れば自身の顕現に必要な神の身体が2つ。今のスルトは鴨が葱を背負っている様な物だろう。
文字通り、世界の命運が自身に掛かっていると言っても差し支えない状況に嫌な汗を流しながら塵獄を複数撃ち放ち、階層を飛び移りながら移動する。
ふと、先程のアルシアとのやり取りを思い返しながら抱えたロキの顔を見た後、渋い顔をする。
「俺もお前も、アイツには隠し事や嘘ばかりだな、本当に……。」
二度と遭うことは叶わないだろう血の繋がらない息子の事を想いながらも、スルトは自らの役目を果たす為、先に出たアルシアと同じ様に地上へと向かっていったのだった。
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