第7章「終わりの始まり」
第46話「静かなる地底」
場所はファルゼア大陸中央部。神界、人界、グレイブヤード、その他各世界を繋ぐ天蓋の大樹が根を下ろすルーリア平原。
その天蓋の大樹の姿を見えたのを確認して、馬車を操る騎士に「止まってくれ。」と声を掛ける。
「よろしいのですか?目的地まで体力を温存されては……、」
「いや、もう充分だ。助かったよ、ありがとう。」
それだけ言うと、馬車はゆっくりとその速度を落とし、やがて止まった。
俺は馬車から降りた後、ここまで連れてきた騎士に大量の金貨が入った袋とある物を投げ渡し、馬に近寄っていく。
「ら、ラグド殿!こんな物受け取れ―――、」
「連れてきてくれた礼だ。おかげで無茶がいくらでも出来る。それと、そっちは護符だ。多少の事からは守ってくれるはずだ。いくつか用意してるから、あとは家族とか他の仲間にでも渡してやってくれ。」
「―――――っ!?」
言葉の意味を理解したらしい使いの騎士に、俺は馬の首にも同じ護符を付けながら続ける。
「ロキがあんな奴らに負けるなんて事は無い。ただ……、警戒だけはしてくれ。万が一が起きても大丈夫なようにな。」
王都を出る前のアルバートの言葉が脳裏をよぎる。
『……悪い予感がする。アルシア、念の為伝えてくれ。何も無いなら無いでそれでいいし、万が一という事もある。警戒した方がいい。』
サーダリアの遺跡で戦った暴走状態のインドラよりもロキは遥かに強い。
それに、護衛にフェンリル達だっているはずだ。
どう足掻いてもマグジール達が勝つ事は出来ないと分かりきっているのに、それでも嫌な予感が拭えない。
その不安を誤魔化すようにフェンリルの力を呼び出し、ここまで運んでくれた使いの騎士に背を向ける。
「悪いが、もう行く。ありがとうな。アルバートにも助かったと伝えてくれ。」
「分かりました、ご武運を。ラグド殿。」
その言葉に頷いた後、天蓋の大樹目掛けて平原を駆け抜けた。
◆◆◆
「ロキ、マグジール達が来たぞ。」
アルシアがグレイブヤードを目指す頃、侵入者達が自分達のいる領域に足を踏み入れた事を感知したフレスベルグが玉座に腰を下ろしたロキにそう告げた。
「………そうか。あの国には呆れる事ばかりだよ。今の国王になってから一方的に外交を断ったばかりか……あろう事かボクを殺しに来るなんてね?」
暗示をかけて動かした側ではあるが、それでも内心の呆れを混ぜた笑みを浮かべてロキは言う。
(あの様子じゃ、三界条約も神の刻印が見せてくれた光景も信じていないんだろうな……)
本当に、こういう事に関してはやたらと行動が早い。
「……私が行く。あの程度、束になったところで私の相手にはならないからな。」
フレスベルグは手に持った剣を音が聞こえる程、強く握りしめてロキに背中を向ける。
(まあ、怒ってるよね……。)
フレスベルグだけではない。フェンリルもニーズヘッグも同様に怒りを滲ませていた。
それはそうだろう。これから自身が仕える王が殺されるのを黙って見過ごせ、というのだから。
それでも、これは自身が望んだことなので、ロキは何ともないとでも言うようにやんわりと宥める。
「駄目だよ、フレス。それでは余計に拗れてしまう。神界の神に一泡吹かせたい思いもあるにはあるが、別にボクは世界を滅ぼしたい訳じゃないしね?」
「ロキ、アンタ……欠片も戦うつもり無いでしょ?」
ニーズヘッグの問いは正しい。
自身に戦う気など全くと言っていいほど存在しない。
色々と最低な事をしている自覚はあるが、そうでもしなければファルゼアは救えない。
ロキは目を閉じ、静かに答える。
「そうだねぇ……強いて言うなら、下界の楔であるボクが人間に与える最後の試練かな?それに、正直疲れたんだよ。色々と……。」
嘘ではない。
封印も不可能。神界、天界、七罪の大魔も動けない。悪神は自分を殺すのに特化させた力を用意している以上、グレイブヤードの最終防衛機構を発動させて、弱体化した悪神を倒す以外、生き残る術は無い。
ロキはわざと疲れたような表情を浮かべ、いずれマグジール達が来るであろう暗闇に包まれた道を見る。
「魔界が生まれた直後に、ボクは彼によって産み落とされ、多くの始まりを見て、多くの終わりを見た。納得いく物もあれば、理不尽な物まで……色々とね。そんな気の遠くなる程の長い積み重ねの末に築き上げられた物を、たった一代、しょうもない理由で台無しにしようとする輩がいるんだ。呆れて言葉も出ない程に、徒労を感じたよ。」
コレばかりは本当にそう思う。
今まで、そういう輩は確かにいたが、それでもあそこまで愚かではなかった。
もし、あの男………、ヴォルフラムがまともで、グレイブヤード、亜人種達との同盟が今も生きていれば……、
しっかりと話し合う機会があれば、こうまで悩まかったろう。それ程までに、彼の身勝手な振る舞いが生んだ亀裂は大きいのだ。
「だったら、尚更!!」
「だからこそ、コレはボクの最低最悪のワガママ。人間に向ける究極の嫌がらせの様な物だ。その上で、コレがその先に生きる者達にしっかり継がれていく事を願う。だから………ボクが死んだすぐ後の事を頼むよ。ニーズヘッグ、フレスベルグ、それと……フェンリル。」
淡く微笑んで、ロキは最後にフェンリルを見る。
彼女ならば、うまく皆を纏める。アルシアと連携して災厄を切り抜けるだろうと、信頼を込めて。
「……相変わらず勝手じゃな、お主は。」
「これでも、色々と思うところは本当にあるんだよ?だからこそ、こんなワガママに付き合わせた上で頼むんだ。人間達を頼むよ、と。神の為でなく、遠い未来にも生きているであろう人間達の為に、さ。ああ、それと……」
思い出したように、ロキは遠くを見てつぶやく。
淡い微笑みから、申し訳無さそうな笑みに変えて。
「何じゃ?」
「……アルシアにすまない、と伝えてくれるかな。たぶんもう会えないし、後が間違いなく大変だからさ。」
下手をしなくても怒り狂うだろうし、暴れるだろう。
暴走魔族の討伐に行ってほしい、などと適当な理由で遠ざけた事には、あの時からずっと後悔を抱いている。
もっと上手い方法があっただろうに……。
それに………、
「……覚えておったらな。」
「そうか、じゃあボクからはこれで終わりだ。行ってくれ、皆。あとは……ありがとう、さようなら。永い時を共に歩いた友人であり、大切な家族よ。君達といられて、ボクは楽しかったよ。」
最後に、しっかりといつもの笑みを無理やり浮かべてロキは言う。
せめて、ほんの少しでもいいから悲しい別れとならない様に。
それが、自分勝手なワガママと分かっていても……。
その言葉にそれぞれ返して、フェンリル達はその場を去った。
フレスベルグは深く礼をして。
ニーズヘッグは悲しみと怒りを堪えるように背を向けて。
フェンリルは叶わないと知りながらも「また会おう。」とでも言うように片手を軽く上げて。
「嫌だったら投げ出して、他の世界に逃げてもいいからねー!!」
わざと気の抜ける言葉を去っていく背に大声で掛ける。
生きてほしいというのもそうだし、彼女達がうんざりしてやりたがらないなら、それを止める権利も無い。
だから、3の世界・ガイストゥレの統治者には連絡を入れてある。
もし、彼女達が訪れたら迎え入れて欲しい、と。
誰もいなくなった最下層を眺め、1人になった事を確認して、思わず言葉が漏れる。
「………寂しいなぁ。」
フェンリル達と別れる事も、アルシアと、もう話す事も、遊べない事も……。
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