第21話「歪んだ感情」


アルシアがインドラの介錯を終えた頃……。

隠れて様子を伺っていたマグジール達は呆然とした様子で立ち尽くしていた。

インドラの持つ天災と呼ぶべき力に対してもそうだが、一番の原因は周りからの助力があったとはいえ、最後にはそれをギリギリで倒したアルシアに対してだ。


暫くはぼーっと、その様子を伺っていたが、ムスタとエドワードの中で、やがてそれは怒りと嫉妬の混ざったものに変わる。


何故だ。何故、災い起こしなどと呼ばれ、魔族などとつるんでいる下賤な男と自分達とで、ここまで差が生まれた。

同じギルド出身であり、経緯は違えど同じファルゼア軍に身を置きながら、どうしてここまで色々と差が開いてしまったのだ?


アルシアは初め、その実力を認められ軍にスカウトされたものの、国王ヴォルフラムの言う事を聞かず、独断で動く事から厄介払いという扱いで、裏では対立関係にあるアルバートの管理する騎士団へと追いやられ、今はただの一兵卒でしかない。

国王派の人間からも、基本的には嫌われ者として見られている。


その一方、自分達は同じくスカウトされた身であるものの、ヴォルフラムの命にしっかりと従い、今では勇者という最高位の位をマグジールは授かり、自分達も騎士団長と同等の権限を持たされている。

だと言うのに何故、自分達の下からこうも人が離れていく?

たまらずエドワードとムスタが口を開く。


「誰も分かっちゃいねえんだよ……、アイツは魔族に通じてる裏切り者じゃねえか……!」

「そうだ、さっきのだってイカサマかなんかなんだ!なのにどいつもこいつもアルシア、アルシアって………!!」


ムスタの言う通り、城内ではマグジール達を称賛する声が――ヴォルフラム派側だけだが――多い。

しかし、城を出ればまるで逆だった。

今まで談笑していた王都に住む一般人やギルド、冒険者や各地に存在する村や町の人間が揃って白い目を向け、時に罵倒してくるのだ。


反対にアルシアは城では味方は少ないのに、何処に行っても歓迎されている。

誰よりも国の為に戦っている自分達が称賛されず、何故あんな裏切り者ばかりが称賛されているのか……。

エドワード達にはそれが分からなかった。

そんな2人を、リディアが諦めたような顔で窘めた。


「いい加減になさい、2人とも。ここでぐだぐだ言っても仕方ないでしょう。これ以上は事も動かないだろうし、帰るわよ。」

「……何だよ、リディア。お前もアルシアの肩を持つってのかよ?」

「違うわ。冷静になりなさいよ。イカサマも何も無い。単純な話、私達にはあの狂った神を倒せる実力が足りなかっただけよ。」


事実を指摘されて、怒りを誤魔化す様にエドワード達は黙り、森を出る為に歩いていく。

3人が遠ざかるのを確認した後、リディアは遺跡の奥、密かに想いを寄せている男の元へと向かっていった。

走っていった彼女の顔は目的の人物を見つけて一瞬だけ綻ぶも、彼の……、アルシアがしていた事を見て、その目は驚愕に見開かれた。




◆◆◆


「……ニーザ、翼と尻尾、仕舞ってくれるか?」

「え、ああ、気付かなくてごめんね?肩貸す時に邪魔よね。」


ダメージと疲労の抜けきれないニーザが翼と尻尾を魔法で仕舞ったあと、意を決してその背中と膝裏に手を回して持ち上げる。


「……よっと。」

「わ!?ちょっと、何!?」

「………お姫様だっこ。」


恥ずかしいので取り敢えずそっぽを向く。耳まで真っ赤になってる自覚はあるが、この際我慢だ、我慢。


「見れば分かるわよ!そうじゃなくて、アンタだってボロボロじゃないの。無理しなくても……!」

「俺は地面に叩きつけられただけで、お前ほどダメージ受けてないからな。俺が運んでやるからミューズのとこで治療してもらって、泊めてもらってから帰ろう。」


同じく赤い顔して降りようとするニーザを宥めて、そう提案する。

人間の魔法は高位魔族であるニーザ達には効き目が弱い。

インドラの雷を受けている分、本当は立っているのもやっとなのだ。

なので、ミューズ達にも治療を手伝ってもらって、1泊2泊してフェンリルかフレスに迎えに来てもらってから帰ればいいだろう。

俺が下ろす気が無いと悟ったのか、ニーザは顔を俺の胸元に埋めて隠してしまった。

それを見て苦笑していると、前方から声をかけられる。


「アル……シア?」


顔を上げると、そこにはリディアが驚いた様に目を見開いていた。

俺達が生きてたことに驚いているのだろうか?そう首を傾げると、リディアは予想していなかった事を口にした。


「そいつを下ろして、アルシア。」




◆◆◆


「マグジール、何やってんだ。早く来いよ!」

「……ん、ああ。すまない、今行くよ。」


エドワードに声をかけられ、マグジールは微笑んで駆け寄った。

しかし、それが偽りの笑顔だとは誰も気付かない。

マグジールの内心はエドワード達以上の劣等感と焦り、嫉妬と苛立ちがない混ぜになった感情で埋め尽くされていた。


(大して仲間もいないくせに……、落ちこぼれのくせに……、挙げ句、リディアまで……!)


リディアが昔からアルシアに好意を抱いているのに気付いていた。

そのリディアも、最近置かれている環境の故か、今まで以上にアルシアに拘っていた。


(何故、いつもアイツばかりが………!)


笑顔の仮面の裏でドス黒い感情がとぐろを巻く中、マグジールはヴォルフラムからの密命を思い出す。


『アルシア・ラグドを暗殺し、奴の持つアーティファクトを全て奪取せよ。』


マグジールの笑みが一瞬、悪意のある歪みを見せる。

(ああ、やってやろう。必ずアイツを殺して、僕達が、いや………

誰に気付かれるでもなく、マグジールはまた元の笑みに戻り、仲間を追うのだった。


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