憧れのカノジョが内緒にしていること

棺あいこ

1 憧れの人との出会い

雨宮あまみやきよし) はい。では、今日の午後7時フルーツ・スイーツで会いましょう。

月城つきしろ紫雨しう) はい! 分かりました。


 雨宮さんに返事をした後、スマホを机に下ろした。

 マジか、マジか、マジか、マジか、マジか———。マジかよぉ!!!

 とんでもないことが起こってしまった。多分、俺の人生で今より幸せなことは一生起こらないかも知らない。そんな大事件が今目の前に……! まさか、あの大ヒットした漫画を描いた雨宮さんと現実で会う日が来るとは———。


 時間は午後7時。どうしよう……。学校が終わった後じゃ着替える時間がない。

 せっかく、あの雨宮さんと会うチャンスが来たのに……。制服のままじゃやっぱりダメだよな。

 でも、俺……一応生徒だから。


「…………」


 月城紫雨、高校2年生。俺は今教室の隅っこですごく悩んでいる。

 正直、雨宮さんみたいなすごい人が俺のDMに返事してくれるとは思わなかったからさ。


 混乱している。


 一応、俺も……作家って言えるけどな…………。

 でも、向こうは格が違う!

 俺はピ〇シブやツ〇ッターなどに漫画を投稿してけっこう人気があったけど……、それは運が良かっただけだからさ。偶然本を出すチャンスができて、高2の夏に作家になったけど、それから何も描いていない。ずっとツ〇ッターでいろんな作家の絵を参考したり、漫画を読んだりして、普通の日常を過ごしていた。


 その時、偶然雨宮さんの漫画と出会った。

 マジですごかったよ。俺はすぐ雨宮さんの漫画にハマってしまった。


 あの日から雨宮さんのアカウントをフォローして、通知が来るたびにハートを押していた。相変わらずカッコいいキャラクターを投稿していて、雨宮さんの絵を見るたびにテンションが上がってしまう。癒される! それほど好きな作家だった。


 そして勢いで雨宮さんにDMを送ってしまったんだ……。バカみたい。

 その内容はなぜか「雨宮さん、サインをしてください!」だった。特に話したいことなかったから適当に送ったけど、適当すぎぃ……。そしてそのDMは当たり前のように無視された。


 ———と思ってたけど!

 それから5ヶ月後、雨宮さんから返事が来た。


 キセキ! 奇跡が起こったんだ……。

 なぜか、雨宮さんと同じ県に住んでいて、雨宮さんがよく利用している〇〇線がうちから歩いて10分距離だった。つまり、〇〇線の電車に乗れば雨宮さんと会えるってこと。めっちゃ近いところに住んでいたことにびっくりして、一瞬この世で一番幸せな男は俺だとそう思っていた。


「おい、紫雨。お前なんか気持ち悪いな」

「そっか? ふふっ」

「いや、いいことでもあったのか?」

「まあ、たまには……ふふふっ」

「うわぁ、やっぱりお前気持ち悪い……」


 友達の歩夢あゆむも雨宮さんの漫画が好きだったから、迷惑をかけないように内緒にするしかなかった。

 ごめん、できればお前のサインも頼んでみるからさ。

 くっそ、ドキドキして居ても立っても居られなねぇ。


「じゃあ、俺先に帰るから! また明日! 歩夢!」

「お、おい! 待って、紫雨」

「えっ、もう行っちゃったの? 月城くん」

「うん……」

「ええ」

 

 ……


 雨宮さんのサイン! 雨宮さんのサイン! 雨宮さんのサイン———!

 頭の中にはそれしか入っていなかった。

 しかも……、あの雨宮さんが自分の本にサインをしてくれるって!!! マジで信じられねぇ!!! 家による時間がない俺にために!!! 優しすぎる!!! 天使かよ!!!


 そして電車から降りた後、ドキドキしすぎて心臓が爆発しそうだった。


「これから……!」


 その時、前で歩いていた女性が財布を落として、さりげなくそれを拾ってあげた。


「はい。これ! 落としました!」

「あ、あ、ありがとう……ございます……。あ、あの……」

「いいえ! 先に失礼しまーす!」


 声が小さくて全然聞こえなかったけど、今はそんなことを気にする場合じゃない。

 早くフルーツ・スイーツに行かないと……! 雨宮さんが待っている!


「はあ……、はあ…………」


 駅からちょっと離れたところにあったから、仕方がなく走ってきた。

 時間は午後6時25分、まだ余裕はある。まずは練習だ! 雨宮さんと会った時に備えて挨拶の練習をしないと……。

 第一印象は大事なことだからさ。


 ……


 それからずっと挨拶の練習をしていた。


「え、えっと……。もっと声を出さないと!」

「あの……」

「は、初めまし、まして……! つ、月城紫雨です! ダメだな〜」

「あの…………」

「いやいや、声がめっちゃ震えている。俺が緊張してどうすんだよぉ……」

「あ、あの……」

「あっ! もう7時か! 雨宮さんは…………、まだかな……」


 その時、誰かが俺の背中をつつく。


「うん?」

「あの……、初めまして…………」


 こ、声が小さい……!


「えっと……。あっ、もしかして!」

「はい……。あ、あ、雨宮清です……」

「はあ!?!?!」


 俺が想像していた雨宮さんと全然違って、つい大声を出してしまった。


「……っ!」


 そしてその声にビクッとする雨宮さん。


「あっ、す、すみません! つい……」

「い、いいえ……。大丈夫です」


 いやいや、どうして雨宮さんが美少女なんだ……?

 午後7時、待ち合わせの場所に来たのはめっちゃ可愛い小柄な女の子だった。

 上目遣いで俺を見ている雨宮さん……。彼女は……、なぜか俺が描いた漫画のヒロインとそっくりだった。黒髪ロングと大きい瞳、そして肌は白くて綺麗。そんな雨宮さんを見て、しばらく思考回路が停止する。


 正確に言うと「うん?」って感じ。

 彼女の前で体が固まってしまった。


「えっと……、本当に雨宮清さんですか?」


 こくりこくりと頷く彼女を見て、早く家に帰りたくなった。

 どう見ても……、中学生だろ!

 ちっちゃいし、それに俺のことを怖がってるように見えるし。


 この状況はまずいな。


「えっと……、私服ですね」

「はい?」


 首を傾げる雨宮さんに、俺も首を傾げる。

 俺の話が変だったのかな?


「あっ。私……、二十歳ですけどぉ……」

「はあ!?!!?」


 また大声を出してしまった。

 そして雨宮さんはまたビクッとする。


「あっ、すみません……。ちゅ、中学生だと思いました……。本当にすみません!」

「い、いいえ……。私、背が低くてよくそう言われます」


 年上だったんだ……。

 マジかよ……。


「まず……。は、入りましょうか……!」

「はい……」


 てか、声が小さい……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

憧れのカノジョが内緒にしていること 棺あいこ @hitsugi_san

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ