第38話 慌ただしい日々に身を任せ

「いってらっしゃいませ」

「本当にありがとうございました。どうかお元気で」

「ボア様も、また是非いらっしゃってください」

「もちろん!」

「さあ出発するわよ! 私のボアがお世話になったわね。どうもありがとう!」


 そう言いながらお母さんは馬車を走らせる。僕が普段乗っているものとは比べ物にならないくらいスピードが早かった。運転席に繋がる小窓からお母さんに声をかける。


「お母さん、これから行く会合の場所はどこ?」

「リエスティよ! 水と花のお祭りの後夜祭を見ながら、宮殿のレストランで!」

「きゅ、宮殿!?」


 つくづく、お母さんからは予想もしていない言葉が飛んでくる。僕はぽかんと口を開けて馬車に揺られていた。


「そうよ〜! 楽しみにしてなさい! 着替えも持ってきたから着いたら着替えるといいわ! 新しいスーツを新調したのよ! お父さん御用達のところでね!」

「それは……ありがとう。楽しみだな」


 忙しい日々はまだ続きそうだった。どっと疲れが押し寄せる。揺れは強いが、着くまで数日はかかるだろうし一度眠らせてもらおう。僕は目を閉じてやっと体の力を抜いた。


 たった二日の間にいろんなことがあった。殺人が起きたことすら非現実的だと思ってしまっている。それほどあの場所で、あの人たちと過ごした時間は衝撃的だった。今後僕の記憶にずっと残ることだろう。恐怖の感情は何故か芽生えなかった。ひとつ気がかりは、アリアムのことだ。彼を思い、また無事を願う。


 後ろにあるホテルがどんどん遠くなっていくのを感じながら、僕は濃い二日間のことを振り返っていた。

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