第22話 入れ違いの朝刊
「あなたが、アターセブス家のお嬢さんだったのですね。これまでの失礼をお詫びします。しかし、なぜ入れ替わりなどされていたのです?」
彼女は首を左右に振り、口を開く。
「このホテルに来てから、アリアムは様子がおかしかったのです。焦ったように部屋に行き、自分が貴族のふりをするから、私にそのお手伝いのふりをして欲しいと」
「彼が頼んできたんですか」
「ええ。ロビーで受付をするまではいつも通りでしたのに」
僕は初めて会った時のアリアムを思い出した。焦った様子は特に感じられなかったが、スーツの裾が右側だけ汚れていた。従者や執事は自分より身分が高い誰かを馬車から下ろす際に片膝をつくので、その時の汚れだと分かれば納得できる。
「ロビーで誰かと会いましたか? それか、何か変なものを見かけたとか」
「確か……。誰かに会うことはなかったと思います。ただ、受付の若い男性が誤って我々ではない名前の紙を差し出されたような」
「宿泊の際の記入用紙ですね。それは誰の名前だったんでしょうか?」
「グレイエさんです」
そのまま受け取れば、グレイエの名を見た瞬間に様子がおかしくなった。それは何故かと考える前に思い当たる理由が一つあった。昨日の夜中にそれを見るまで、僕自身も知らなかったのだが。
「ロスコさんは、リエスティニュースの二日の朝刊をご覧になられましたか?」
「今月の二日のリエスティニュース……ですか? ええと、いえ。見ておりません。都会からディにある私の屋敷には八日ほどの情報時差がありますし、このホテルに来るために四日前には屋敷を出ておりますから、十一日前の朝刊となると、入れ違いかと」
「そうでしたか。……それでは、少しだけ僕の部屋に寄っていただけますか?」
「ええ、もちろん」
僕は彼女と部屋に向かう。不思議と二人とも落ち着いており、お互いの話をしながら移動した。アリアムを失ったことを自覚しすぎないように、逆に気を張っているのかもしれないが。
「これを」
「これは……細工用のインクですか。透明とは珍しい品ですね」
「ええ。しかし見ていただきたいのはこのインクではないのです」
僕はそっと、インクの瓶を取って机に置く。僕の手には、瓶を包んでいた新聞紙が残った。
「これは……えっ。グレイエさんの記事? 先ほど言っていた十一日前のリエスティニュースですか?」
「はい。記事によれば、グレイエさんは昔に起きた事件で人を死なせ、それが最近浮き彫りになったので、この日に警視総監を辞めているようなのです」
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