変貌と兆候





 僕と生寄が付き合ってから少し経った頃―――


 夜、唐突に電話がかかってくる。


 誰だろうと思い相手を確認すると、生寄だった。



「もしもし」



 ここで、何か用? とかは聞かない方がいいらしい。


 どこで仕入れた知識かは忘れたけど。



『もしもし。ごめんね、突然』


「ううん。全然大丈夫だよ」


『あのさ、颯太が最近観てるアニメあるじゃない?』


「えっと、〇〇〇のこと?」


『そうそれ! それでさ、ヒロインの中で颯太は誰が好きなの?』



 なんでこんなこと聞いてくるんだ……?


 いつもは、僕が美少女の出てくる漫画とかアニメの話をするだけで不機嫌になるのに……。


 正直、不機嫌になった彼女も可愛い。ので、時々不機嫌になってほしいと思ってる。


 多分これを本人に言ったら怒られる。



「強いて挙げるならXXかな」



 まあ多少の違和感はあるけど、訊かれて困る質問ではない。


 僕は、〇〇〇の金髪ヒロインの名前を挙げる。



『そうなんだ、ありがとう! それじゃあまた明日、大学でね!』


「う、うん。じゃあまた明日」



 電話が切れる。



 え? ホントにそれだけ?


 いつもは結構長くなるし、もう少し何かあるのかなって思ったんだけど……


 まあいいや。そういう日もあるでしょ。





♢♢♢




 翌日の朝、大学の最寄駅にて



 僕は、一緒に大学に行くために彼女と駅で待ち合わせしていたのだが―――



「……は?」



 僕は驚きの余り、声が出る。


 なぜなら―――



「どう? アナタが好きって言っていたから、変えたの!」



 彼女の髪色が変わってる。


 今の彼女は、THE・大和撫子といった感じの、美しい黒髪ではなく―――



―――金髪に染まっていた。



「ど……うして?」


「アナタが好きって言ったから!」



 僕は、どうして染めたのか彼女に尋ねるが―――


 彼女の返答は予想外だった。


 彼女は満面の笑みで続ける。



「昨日電話で言ったでしょ? 金髪の子が好きって」


「い、いや。あれはあくまでもキャラクターが好きっていう話であって……」


「えっ……。じゃ、じゃあ、金髪は好きじゃないの? ワタシが勝手に解釈して勘違いしてただけなの……? そ、そんな……」



 彼女は、かなり焦ったような声で言う。


 彼女は、みるみる落ち込んでいく。



「いいや、金髪も好きだよ! 急に変わったから少し驚いただけだよ」



 見るに堪えなくなった僕は誤魔化しを並べる。



「ほ、本当……?」



 すると、彼女は不安気に上目遣いで尋ねてくる。


 彼女は落ち込んでいるのに、そんな仕草も僕は可愛いと思ってしまう。



「もちろん本当だよ! よく似合ってる」


「えへへ。颯太が金髪の子を好きって言うからワタシも染めたんだ。ワタシのこと、もっと好きになってくれる?」



 本当のことを言えば、彼女は黒髪の方が似合っていると思う。


 でも、それを言ったら彼女は酷く落ち込んでしまうだろう。



「もちろんだよ! 金髪じゃなくても生寄のことは大好きだけどね」


「っ……! ずるいよ……」



 生寄は、頬を赤く染めてボソボソと呟く。



 生寄は、少し妄想癖のようなものがある子かもしれない。


 少し愛が重い子かもしれない。


 でも、僕はそんな生寄をますます愛おしく感じる。



 僕は、この先にあるであろう更なる幸せに、胸を馳せながら彼女と大学に向かうのだった。














 この時の僕はまだ知らない。





 生寄の妄想癖が、少しなんかじゃないことを。

 世界を創り出せてしまうことを。





 この時の僕はまだ知らない。





 生寄の愛は重いなんてものじゃないことを。

 病のようなものだということを。






そして―――







 人を殺せることを。






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