第1話 sideウィルフレッド

「サセックス辺境伯、貴様に処分を言い渡す。爵位及び領主の身分を剥奪、全財産を没収する」

「なっ!?」


 ウィルフレッドの下した情け容赦ない判決に、サセックス辺境伯は絶句し、一気にその顔から血の気が引いていく。

 ここまで重い処分を下されるとは思っていなかったのだろう。

 だが、青くなったの一瞬で、すぐに怒りで顔を真っ赤に染めて、サセックス辺境伯が抗議してくる。


「わ、儂らサセックス辺境伯家は幾度となく建国王リチャード陛下のお命を救った建国の功臣であり、先祖代々、国境、ひいてはこの国をずっと守り通してきました。敵の侵攻を撃退したこと実に七度! そ、それをたった一度の失態で取り潰すと仰るか!?」

「そうだ。そもそも貴公の言う功とはあくまで先祖のものであって、貴公自身の手柄ではないしな」


 頬杖を突き、淡々とウィルフレッド。

 そしてもう興味もないとばかりに顎をしゃくる。


「命だけは助けてやる。お前が虐げて馬鹿にしてきた平民の暮らしというやつを味わってみるんだな。連れていけ」

「はっ!」

「は、放せ! 儂はサセックス辺境伯だぞ! 建国から国を守ってきた! いくらか税を重くしたところで、それは当然の権利……」


 バタン……。

 サセックス辺境伯は見苦しく喚くも、扉は無情に閉められていく。


 彼は法に従い、全ての地位と財産を奪われ、無一文で放逐されるのだ。

 とは言っても幸い、長年の圧政や度重なる戦乱で、王国の土地は荒廃しきっており屯田兵は随時募集中だ。

 やる気があり、贅沢を控えれば、食うに困ることはないだろう。

 正直、あまり耐えられる気はしないが。


「お疲れ様です、陛下。見事なお裁きでございました」

「ふん、ここまで証拠がきっちり揃えてあれば、後は断罪するだけだ。猿でもできる」


 セドリックの慰労の言葉に、ウィルフレッドは鼻を鳴らしてつまらなさげに返す。

 実際、三件とも作業難度自体は大したことはなかったというか、むしろ内容的には罪状を読み上げるだけ、子供の御遣いもいいところである。


「できることなら、俺以外に任せてしまいたいのだがな?」


 ちらりと試すような視線をセドリックに向ける。


「爵位貴族を裁けるのは国王陛下ただお一人でございます」

「ちっ」


 ノータイムで粛々と返され、忌々しげに舌打ちする。

 つくづく身分というものは面倒くさいものである。

 まあだからこそ仕方なく、この地位に就いたと言えるのだが。


「それに、なまなかな胆力や立場では彼らに抗せませんよ。裏から家族を人質に脅す、なんてことも十分あり得ます。そういう伝手を、彼らは色々持っております」

「それで日頃愛国を語り、国を憂い、偉そうな能書きをペラペラ垂れていたと言うのだから、世も末だな」


 ウィルフレッドは皮肉げに嘲笑を露わにする。

 普段綺麗事を弄する輩ほど、先程のサセックス辺境伯のように、いざ追い詰められると誰より醜い本性を露呈するものだ。

 そんな害虫どもが多数のさばっているのがこの国の現状であり、それは衰退もするわけだった。


「然り。だからこそ改革を断行せねばなりません」

「めんどくさい限りだ」


 ウィルフレッドは頬杖を突き、はあっと物憂げに嘆息する。


「この国の王だと言うのに、思うようにいかないものだな、人生というものは」

「陛下が政務をほっぽらかして遊興に耽る王であれば、思い通りに過ごせたかと」

「願い下げだな。どうせ途中でこの国は破綻しているだろう」

「十中八九、そうなるでしょうね」

「つまり、やるしかないということだ」


 やれやれとウィルフレッドはもう一度嘆息する。

 地位も名誉も権力も富も、ウィルフレッドにとってはどうでもいいものである。

 彼としては、日がな一日、剣を振って、兵法の追求をして、時に鷹狩りにでも興じていられれば、それだけで良かったのだ。

 正直、国王の仕事など彼にとっては、ただただ退屈で面倒なことでしかない。

 だが、このままではこの国は終わるとわかってしまう視野の広さと、王としての器量と血統を持ち合わせてしまったのが運の尽きだった。


「失礼します」


 不意にコンコンとノックの音とともに騎士が入ってくる。

 なんだ? とウィルフレッドが目で問うと、騎士はビシッと直立し言う。


「アリシア殿下がそろそろ御着きになられるとのことです」

「ん、そうか。もうそんな時間か」


 ウィルフレッドは頷き、その手に持っていた書類を机に置き立ち上がる。

 本音を言えば代役でも立てて残りの仕事を片付けてしまいたいところだったのだが、そういうわけにもいかなかった。

 アリシアとは隣国バロアの第三王女であり、


「では我が花嫁を出迎えに行くとするか」


 ウィルフレッドが今日、婚礼の儀を行う相手の名であった。

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