第二章 自由
第二十話 無口な妻
「ベル、待ってください!その子は敵ではありません!」
俺を襲ってきた者を押さえ込んでいると、アマリエが慌てて俺の所に駆け寄って来た!
敵ではない?
アマリエが嘘を言うはずもないし、押さえ込んでいる者の姿をよく見ると、中学生くらいの女の子だった…。
なぜ俺にナイフを向けて来たのか分からないが、女の子を押さえ込んでいるのはよろしくない。
とりあえず、女の子の手からナイフを取り上げてから、両脇に手を差し込んで立たせてあげた。
「………」
女の子は、殺気のこもった目を俺に向けてきている。
どうやら、俺を殺そうと思っていたのに間違いはなさそうだ。
ではなぜ、敵ではないとアマリエが言うのだろう?
「ほら、エルラーネ、ベルに謝って挨拶をしなさい」
「………死ね!」
謝る気はないらしいし、俺とは口も利きたくないようだ。
仕方なく、アマリエに説明を求めた。
「ベル、この子の名前はエルラーネと言って、ベルが妻として選んだ子です」
「…あっ、あぁ~、そう言えばそんな子もいたな…」
「…死ね!」
俺が忘れてたことを知って、女の子…エルラーネは俺に殴りかかって来た。
殴られても良かったんだが、思わず反射的に受け止めてしまった。
それが気に食わなかったのか、エルラーネは俺の足を力いっぱい踏みつけて来た!
踏まれた足は痛かったが、それで気が済むなら殴られるかはましだな。
これはあれだ、俺がハゲ爺に抱いている感情そのものだ。
あの時はエルラーネの将来を考えて送り出したが、今考えれば地獄に戻されたエルラーネは絶望した事だろう…。
エルラーネが俺を殺したいと思っているのに納得し、その気持ちを受け止める事にした。
「うん、エルラーネ、俺が悪かった…言い訳はしない。エルラーネの、気が済むまで襲い掛かってきていいぞ」
「………」
流石に正面から戦っては俺に勝てないと思ったのか、エルラーネは俺を睨みつけた後、無言で部屋の奥へと下がって行った。
「アマリエ、すまないが、エルラーネの事を頼む」
「はい、分かりました」
ふぅ~、エルラーネの事を忘れていた俺が完全に悪い。
アマリエに任せておけば、何とかなるだろう…。
しかし、どうしたものか。
俺は明日にでも、ここを出て行くつもりだ。
アマリエと新たな場所で、幸せな新婚生活を送ろうと考えていたのだがな…。
俺も十七歳になったし、アマリエも十九歳だ。
夫婦なのだから子供でも作りたいなーと、ここ最近毎日妄想し続けていた…。
くっ!?
エルラーネも俺の妻だが、エルラーネはまだ子供だ…。
流石にエルラーネも一緒の状況だと、そんなことは出来ないよなぁ。
はぁ~。
溜息だけがこぼれて来るぜ…。
「エルラーネ、今から飛行船に乗って楽しい空の旅に出かけるぞ!
俺の事は、お兄ちゃんと呼んでいいからなぁ!
あーはっはっはっ!」
「………」
翌日予定通り、俺はアマリエとエルラーネを連れて、五年住んだ部屋を後にした。
俺の部屋は金を出して買っているから、俺が死ぬまで無くなる事は無い。
しかし、もう二度とここへは帰ってこないつもりだから、ハゲ爺に部屋を買い取って貰った。
そのお金を元に、新しい場所で家を借りるつもりだ。
「…アマリエお姉ちゃん、どこに行くの?」
「ヒルマーソル王国よ、名前は聞いた事あるでしょう?」
「…うん」
「ヒルマーソル王国は一年中温かくて、過ごしやすい所よ。それと、食事がとても美味しい所なの」
「…そうなんだ」
エルラーネはアマリエと手を繋ぎ、仲良く俺の後をついて来ていた。
いつもなら俺がアマリエと手を繋いで行っているのに、アマリエを取られた気分になってとても寂しい…。
しかし、俺がアマリエの反対側と手を繋ぐと、エルラーネの気分を害してしまうだろう。
今日くらいは、エルラーネにアマリエを独占させてあげようと思う。
飛行船に乗り込み、エルラーネとアマリエが並んで座り、俺はアマリエの正面の席に座った。
勿論、値段の高い窓際の席を確保している。
窓際の席はエルラーネの為ではなく、自分の為だ。
一度窓際の席が空いて無くて、仕方なく船の真ん中付近の安い部屋になった事があるんだが、一切何も見えない上に回りの客がめちゃくちゃうるさかった!
アマリエといちゃつける雰囲気ではなくなったし、内装の見た目も悪くて椅子も硬かった。
それ以降、窓際の席が空いてない時は、次の便を待つ事にしているほどだ。
「エルラーネ、山の景色は綺麗だろう~。
アディール山脈の山々は、一年中冠雪しているからなぁ」
「………」
駄目だ…エルラーネは外の景色を見ていて、俺の方に振り向いてもくれない。
エルラーネとはこれから毎日一緒に生活をするのだし、いつまでもこの様な状況は望ましくない。
俺は無視されたとしてもエルラーネに話しかけ続けて行き、関係改善していかなくてはならないな。
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