第21話 Cランクハンター活動記(1)

 トラブルこそあったが上位ハンター認定試験は貴重な経験になった。

 今まで魔物相手の戦闘しか経験していなかった俺にとって、一次試験の大盾のルーズベルトさんとの模擬戦は非常に得るモノが多かった。間合いの取り方、そして技の駆け引きなど、俺にはまだまだ足りないモノがあって訓練が必要だと感じた。


 ルーズベルトさんの魔法、空圧衝は大きな糧になっている。

 俺流に解釈して雷魔法に変えてみたが、その火力は俺が使える魔法の中でトップに躍り出るほど。俺が使える属性魔法はリシュルゥから教わった。リシュルゥは魔導力機工学を専門とする研究者であって、攻撃魔法はあまり修めていなかったので戦いに使える魔法は少ない。

 

 俺は戦うための魔法が欲しい。これからたくさんの魔法使いと出会い、たくさんの魔法を覚えていきたい。


「ほんじゃ上位ハンターのバッジを渡す。ハンター活動の際は必ず衣服に付けておけ。これからはギルドに正規所属になる。ノルマなんかはないが、依頼を請け負ってない期間は最低でも週に一度はギルドに顔を出せ」


 ハンターギルドの二階で俺たち合格者四人はバッジを渡された。なんだか弁護士バッジみたいでかっこいいな。ボルボさんは上半身裸なのでズボンのベルトあたりに付けていた。俺はなんとなく左腕にバッジを付けてみた。


 俺も上位ハンターか……これからどんなハンター活動をするのかあまり想像できないが、できる限り時間を作って活動していこうと思ってる。千年京での俺の役割ってほとんどないしな。俺が他の都市でお金を稼いで帰ってくる方が千年京のためになるだろう。俺はもっと世界を知りたいし、様々な魔法を身に付けたい。


「私も憧れの上位ハンターになれたんですね!」


 兎人族のクインシーさんはきゃっきゃしている。


「お前さんたち、はしゃぐのもわかるけどな、上位ハンターといっても駆け出しのCランクだからな。堅実に依頼を遂行して実績を積んでいけよ」

 

 そう、俺たちは入り口に立ったばかりなんだ。ハンターとして最低限の実力があると認定してもらっただけなんだ。ボルボさんは俺を見て言う。


「これからは目に見えた結果で示さねぇとな。ナナセなんかはあっという間にAランクになりそうだけどよ!」

「そう簡単な話じゃないと思いますけど……」

「試験中にゴロツキ退治をするくらいだもんねー。僕も頑張ってBランクくらいは目指そうと思うよ」


 試験は終了。現地解散となった俺たちはギルド前に集まった。

 陽はまだ高い時間だがボルボさんの提案で飲み会をすることになり、俺たち同期四人は少し高級な酒場へ向かったのだった。楽しくお酒を飲み交わし大盛り上がりだったのだが……。


「ん〜〜、体痛いな……寒いし……」


 目が覚めて起き上がる。妙に体が痛くて寒い。はっきり言って最悪の目覚めだ。

 脳が徐々に覚醒してきて視界がはっきりする。


「え、どこだここ……」


 俺は見知らぬ路地にいた。入り組んだ路地の片隅、廃材のような物が置かれた場所で俺は寝ていたようだ。俺は確か……天球礼拝地で上位ハンター認定試験を受けて、そんで合格してみんなで朝まで飲もうってなって……けど俺は夜が更ける前に千年京に帰らなきゃって抜けてきて……。


「あ、朝!? そうだ! 帰ろうとしたけど酔っ払い過ぎて転移魔法が上手く組めなくて、そんでそのまま路地で眠っちゃったんだ……」


 なんとも馬鹿な話だ。慌てて持ち物を確認すると、運よく何も盗られていなかった。装備とお金が無事なのには安心したが、全然安心しちゃいけない状況だ。


 まさか酔っ払うと上手く魔法を発動できなくなるなんてな……。全然予想してなかった。しかしこれもいい発見だ。二度とこんなミスはしないぞ。


「いやいや、よく考えたら自分に回復魔法をかけて酔いを治せばよかったんだ。酔っ払い過ぎてそんなことにも気づかなかったとは……いや、酔ってたら回復魔法も使えないのか? わかんねー」


 アルコールという物はここまで思考を鈍らせるのか。みんなと宴会をするのが楽しくてグビグビ飲んでしまった。夜ご飯までには帰るつもりだったのに、すっかり朝になってしまっている。


 センビとリシュルゥ、心配してるだろうな……。

 適当にごまかして出てきたから気まずい。黙って上位ハンター試験に挑戦して朝帰りだもんな。俺が全面的に悪いから素直に謝るしかない。


 はぁ……。こんなに家に帰るのが億劫な日は初めてだ。

 青空を鳥たちが自由に飛び回る姿を見上げて、現実を受け入れた。俺は転移魔法を使いセンビの家の前に転移して、じぃーと玄関を見つめる。まず第一声、なんて謝ろうか。どこから説明したものか。


 玄関を開けるか開けないか。手を伸ばしては引っ込めていると、いきなり引き戸が開いてリシュルゥと目があった。じっとりと俺を見上げるリシュルゥ。


「せんせぇ、早く入って」

「その……ええ、っと」

「早く入って」

「あっはい」


 小さなリシュルゥから有無を言わせぬ圧力を感じた。

 表情が乏しいリシュルゥだが、これは相当怒っているようだ。

 玄関をくぐり家に入る。センビの家は昔の日本の家屋みたいに土間があって、一段上がって囲炉裏を囲む畳の部屋が広がっている。家主であるセンビ様は囲炉裏の前で腕を組んでいた。目をきゅっとつぶってそっぽを向いている。

 なんともわかりやすい怒り方だ。


「センビ……ただいま。ごめん、遅くなった」

「…………」


 センビは狐耳だけくいっと動かしたが、依然として顔を合わせない。


「せんせぇお酒臭い」

「ぐっ……これはちょっと付き合いで……」


 くいくいっと狐耳が動く。しかし口はむすっと結んだまま。


「その……話すと長くなるんだが……色々あってさ」


 我慢しきれなくなったのか、センビはばっと立ち上がり俺に指を突き付けた。


「色々とはなんじゃあああ! わっちに黙って朝帰りとは偉くなったものじゃのお!! お主は一体何様のつもりじゃ!!!!」

「一応……王様ですけど……」


 あなたが任命したんですけど……。


「王様だからなんじゃと言うんじゃ! わっちのが偉いんじゃあ! わっちのが偉いんじゃ! 川岸で死にそうになっているところを手厚く献身的に介抱したのはわっちじゃぞ!! わっちを敬いわっちに感謝してたまの休日にはでーとに誘ったりするべきじゃろ!! お主は一人黙って出かけて朝帰りとはなぁ!」


 すごい怒り様だ。絵筆のような尻尾を逆立てている。


「だからごめんって言ってるだろ。全部俺が悪いって。反省もしてる。まずは落ち着いて聞いてくれよ、ちゃんと全部説明するからさ」

「ごめんではすまーん!! 説明などせんでもわっちにはわかる!」


 センビは大きく息を吸い、犯人を見破った名探偵のように自信満々に言った。


「女を抱いてきたんじゃろ!!!!!」


 な、な、なに……!? 俺が女を!?

 とんでもない誤解である。人生で一秒たりともそんな軟派なことをした覚えはない。悲しいことだが、一秒もない。


「違うって! 俺がそんなことするように見えるのか!?」

「男はみんなそうなんじゃ! わっちの風呂を覗こうともしないナナセでもそうなんじゃ! こそこそ出かけて朝帰りする理由などそれしかないわ! 若い女に腰を振ってきたんじゃろ!!」

「お、お前! リシュルゥの前でなんてことを! 違うからなリシュルゥ! センビが色ボケしてるだけだからな? 俺は断じてやましいことはしてない!」


 どう怒られるのかと思ったらこんなこととはな。勘違いでここまで怒られたらたまったもんじゃない。朝帰りは事実だが、事実とは違う問題で糾弾されるのは我慢できない。俺の名誉のためにも疑いを晴らさなければ。


「せんせぇ……」


 リシュルゥは冷え切った目で俺を見る。違う、違うんだ。


「違うんだ! 見てくれこれを! これは上位ハンターの証だ。俺は天球礼拝地のハンターギルドってとこの試験を受けに行ってたんだ。そんで合格祝いに同期のハンターと酒を飲みに行って、酔い潰れて気づいたら朝だったんだよ」

「口ではどうとも言えるわい」


 まったく信じてくれない。センビは腕を組み膨れ顔。リシュルゥは軽蔑の視線で俺を見ている。ひどい……俺は……。


「俺は……」


 あんまりだ。本当に認定試験を受けて楽しく飲み会をしただけなのに。

 女を抱いて帰ってきただって? ふざけたことを……!

 肺が苦しくなるまで息を吸い込んで、力の限り叫んだ。


「俺は童貞だ!!!!!!!!!!!!!」


 童貞だ……童貞だ……童貞だ……。

 静まり返った部屋に俺の叫びがこだまする。


 センビは呆気にとられた顔をして、にこやかな顔に変わった。


「なーんじゃ。心配して損したわい! そうかそうか! 童貞じゃったか! ガハハハっ! うむうむ。そうじゃな。ナナセは童貞じゃな! 童貞という顔じゃもんな! ガハハ! ガハハハっ!」


 俺の渾身の叫びが届いたようで、センビは信じてくれた。

 よかった。疑いが晴れてよかったけど……。


「せんせぇ……どうして泣いてるの?」

「なんで、だろうな……俺も……わかんないや……」


 なぜだか涙が溢れていた。

 なんで、なんでだろう……とっても悲しいや……。


 

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