第17話「超重力の美ら海爆弾」
「おかわりを頼む」
50個入りの唐揚げプレートをあっさりと平らげ、ゴトウは涼しい顔でおかわりの注文をする。
「おっと、先手はなんと孤軍奮闘の五九十組です。誰がこの展開を予想したでしょうか?」
「なんのぉ! 姐御! おかわりお願いします!」
レモン攻撃により出遅れた八九三組も、負けじと数の暴力で追い上げを見せる。
「さあ、大方の予想に反して両者譲らずの立ち上がりです。フォンデュさん、今の戦況をどう見ますか?」
「一人の超人が数的不利を覆すのか? もしかすると、今宵我々は歴史的瞬間に立ち会うことになるかもしれませんな」
両者の元に追加の唐揚げが届き、それと同時に弾け飛ぶレモン。
平然と受け流し、淡々と食べ続けるゴトウ。都度のたうち回りながらも、数の暴力で追い上げる八九三組。
序盤戦はその繰り返しの展開で過ぎていくのであった。
***
両陣営とも5皿目に達した頃。
「店長!? 唐揚げに使える鶏肉もう無いわよ!?」
冷蔵庫を覗いたカリンの声。どうやら厨房の食材ストックの方が、選手たちよりも先に悲鳴を上げたようだ。
「ステーキ用の赤身肉でも揚げとくか?」
「大丈夫なのそれ……?」
「まあこの際何でもいいだろ」
店長からの投げやりな指示を受け、カリンはひたすらサイコロステーキを作る作業に移るのだった。
***
「さあ両陣営とも6皿目です。しかし、あれは……唐揚げではなさそうですが……?」
「あれは!? 牛サイコロステーキ用の肉を素揚げしただけですな……」
「あ、遂に鶏肉切れたんですね……」
選手たちの前に出てきたのは、ただ素揚げされただけのサイコロステーキだった。
しかし鶏だろうが牛だろうが、そんなことは関係ない。お構いなしにぶち撒けられるレモン。何ら変わらない展開が続くかと思われたが……。
「アニキ……。俺……もう……顎が……」
柔らかい鶏の唐揚げからハードな牛赤身肉に変わったことで、どうやらゲンダの顎が悲鳴を上げたようだ。
「おっと、ここで八九三組から脱落者一号がです。この人数減少がいったいどう戦況に響くでしょうか?」
「依然として四対一ですがな」
ゲンダの脱落の分、若干ペースが落ちる八九三組。しかしながら、ゴトウにもハードな牛肉は堪えるのか、こちらも少なからずペースは落ちているようだった。
「おかわりを」
「姐御! おかわりお願いします!」
ほぼ互角のデッドヒートが依然として続いていた。
***
「店長!? 牛肉ももう無いわよ!?」
冷蔵庫を覗き込むカリンの声。牛肉のストックも一瞬で底をついたようだ。
「フォンデュ用のブロッコリーでも揚げとくか……」
***
「さあ、両者共に現在8皿目まで到達。今一番苦しいのはコルボの冷蔵庫事情でしょうか? 遂に肉ですらないものが出てきました」
「ブロッコリーの素揚げですな」
しかし、メニューが何であろうが、レモン爆弾の洗礼は変わらない。
しかしここで、八九三組に更なる試練が。
「おっと、ここでアオキ選手が完全にフリーズしてしまいました」
その恵体に違わぬ食べっぷりで八九三組を支えていた青木。しかし、ここにきて手が止まってしまう。
「しまった!? アオキは肉以外の物は食べられないんだった!? クソ! 五九十の奴らめ、謀ったな!?」
ブロッコリーによる思わぬ弊害により、動揺の走る八九三組。
「ゲンダ選手に続きアオキ選手も脱落です。八九三組、流石にこれは痛いでしょうか?」
「これはいよいよ決まりかもしれませんな」
かたや、いまだに黙々と食べ進めるゴトウ。
「ふん。ブロッコリーも食べられんとは。相変わらず不甲斐ない奴らじゃのう」
主力を失った八九三組と、ゴトウとの間に徐々に差がつき始める。
「おかわりを」
「ここに来てゴトウ選手が完全に突き放しにかかっています。さすが百腕巨人。向かうところ敵無しでしょうか?」
***
「店長さ~ん。もうレモン無くなりました……」
冷蔵庫を開けたアオイが、ノアに渡すレモンがもう無いことに気づく。
「あー……。何か柑橘系の無かったっけ?」
「これでしたら……」
そう言ってアオイが取り出したのは、緑色の柑橘類だった。
***
「さあ、試合は完全に五九十ペースです。おっと、ここでノアさんがレモンではなく、緑色のものがを持ってきました」
「ついにレモンも切れたんでしょうな」
ブロッコリーの山がゴトウの前に置かれ、眼前では緑の果実が弾け飛ぶ。
「柑橘の果汁など儂には効か……いや、こ、これは!? 昔組長に沈められた沖縄の海を思い返すこの香りは……シークワーサー……?」
何かトラウマを刺激する要素でもあったのか、ゴトウににわかに動揺が走る。
「組長……すみません……沖縄の海だけは……」
果汁によるものか、もしくは別の何かなのか。ここにきてゴトウの目には涙が浮かび始めた。
「この期を逃すな! 姐御! おかわりを!」
初めて手の止まったゴトウ。この期を逃さぬと猛追する八九三組。
「はい」
「さあ、八九三組にも追加のブロッコリーが届き、ここで追いつきました! しかしまだ、この一撃が控えています。超重力グラビティの美ら海爆弾めんそーれボム」
緑色の果実が弾け飛び、その果汁をぶち撒ける。
「めんそーれえぇぇぇ!」
目への刺激は黄でも緑でも変わらないようだった……。
「シークワーサーを使うメニューなんてコルボには無いはずなんですがな……?」
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