第8話「10/31 シブヤの光景」
「ねえ、アオイ? 私たちの制服ってどう思う?」
ある日の営業後、片付けをしていたアオイに問いかけるカリン。
「え? カフェの店員さん~って感じで、可愛くて私は好きだよ? どうかしたの?」
突然の問いに戸惑い、漠然とした返しになるアオイ。
「そこなのよね。私たちって一応魔法使いであることを売りにしてるわけじゃない? もうちょっと魔法使い感のある衣装にしたほうが、店の雰囲気も出るんじゃないかしら?」
「うーん……。私はこの制服気にいってるし別にいいかなぁ……?」
「どうかしたの? この間の魔女にでも触発された?」
ノアの指摘はどうやら図星だったようだ。
「とにかくよ! お客さんに楽しんでもらうためにも、新しい衣装を作ってみるのはどうかしら?」
図星を突かれた気恥ずかしさをごまかすため、カリンは半ば強引に話を進めた。
「どうかしらと言われても……。私、衣装なんか作れないし……。どうせカリンもそうでしょ?」
「ちょっと!? 勝手に決めつけないでくれる!? ま、まぁ……その通りなんだけど……」
ノアの失礼な決めつけに反発するも、図星なのですぐに何も言えなくなる。
「アオイなら……。女子力クイーン(当社比)のアオイならなんとかしてくれるはずよ!?」
「私もちょっと自身ないかなぁ……。素人仕上げで仕事中破けちゃってもいけないしねー」
頼みの綱(女子力クイーン)もあっさりと崩れ去った。
「いいんじゃない? あのチーズフォンデュ男なんて特にポロリとか好きそうじゃん」
「想像しただけで吐き気がするからやめて……」
あまりにも気色悪いイメージを脳内からかき消すため、カリンは首を大きく横に振る。「カリン氏~」と呼ぶねちょねちょした声が、聞こえるはずないのに聞こえてくるようだった。
「まあ、こういうのは店長に言うしかないわよね」
結局毎度お馴染みの結論に行き着くのであった。
***
「あ? 魔法使いらしい格好がしたいだあ?」
「そうよ! たまにはそれらしい格好してた方が、お店の雰囲気も出てお客さんも楽しんでくれると思わない!?」
いつもながら面倒くさそうな様子の店長を捕まえ、カリンが主張をぶつける。
「まあ、面白そうだし別にいいぞ。今度用意しといてやる」
「え? いいの? じゃあ、よろしくね。店長」
どうせ「面倒くさいから」と渋られるものだと思っていただけに、あっさりと要求が通って若干拍子抜けしながらも、期待を胸にカリンは退室したのだった。
***
「カリンちゃんかわいい~!」
アオイがはしゃぎ声を上げ、そのスカイブルーのスマートフォンを構えている。カシャカシャとカメラのシャッター音が、開店前の店内に響く。
一際目を引く、メタリックパープルをベースにパステルブルーのリボンがあしらわれた大きな三角帽子。
黒を基調としながらも、肩や手首のシースルー部、帽子に合わせたパープルのバストラインとミニスカート、同じくワンポイントにあしらわれたパステルブルーのラインが可愛らしさを演出するワンピース。
吊り下げられたシルバーの三日月が大きく開いた胸元で妖しい輝きを放つ、黒地にパステルブルーのチョーカー。
これら全てを身につけた今のカリンは、誰がどこからどう見ても「魔法使い」であることを疑わないであろうルックスをしていた。
「ってこれ、ハロウィンのコスプレ用衣装じゃない!?」
……そう。ハロウィン的な意味で。
「あ? お前が『魔法使いらしい格好がしたい』なんて言うから、わざわざ買ってきてやったんだろうが……?」
呆れた顔でしれっと言う店長。
「確かにそう言ったけども!? もっとこう、何ていうか……クラシカルというか……本格的なのを期待してたんだけど……」
「駅前のセルバンテスでわざわざ探してきてやったんだ。文句いうな。言っておくが、私みたいな女がこんな服レジまで持ってくの、すごい恥ずかしかったんだからな……?」
そう言って、店長は何かを思い出したのか遠い目をする。
「まあ確かに、人に用意してもらって文句言うのも違うわよね……」
羞恥心からか興奮気味だったカリンだが、店長に言われて少しクールダウンしたようだ。
「で、アオイとノアの分は? その袋の中にあるんでしょ? さっさと着替えさせないと開店に間に合わないわよ?」
店長の足元に転がっている、激安がキャッチコピーの店「セルバンテス」の黄色いの袋を指差し、カリンは店長に尋ねる。
「え? 言ってきたのお前だけだし、お前の分しか買ってないぞ?」
店長からは「何言ってんだコイツ」とでも言いたげな、意外そうな反応が返ってきた。
「何でよ!? これじゃ私だけコスプレで接客してる痛い奴じゃない!?」
まさかの展開に声を張り上げるカリン。
「はあ……。もういいわ……。とりあえずいつもの制服に着替えてくるわね……。せっかく用意してもらって悪いけど、さすがに私だけこの格好でってのはちょっと……」
更衣室に戻ろうとするカリンに、店長が後ろから声をかける。
「あ、そういえばお前の制服だけど、さっきノアが洗濯機に入れてたぞ? 何でも『アー、レモンジルヲウッカリブチマケテシマッター』とか言ってたっけな?」
……は?
カリンの頭の中が真っ白になる。
一見いつも通りに見える店長の表情だが、よく見ると口角が上がっているのをカリンは見逃さなかった。
厨房で開店準備中のノアと目が合う。カリンと目が合ったことを確認すると、ノアはカリンに向けて左手で小さくピースを送った。
「後で二人ともぶっ飛ばす」そう心に決めたカリンだったが、自らの置かれた状況を客観紙すると頭痛がし、怒る気力も残されていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます