第6話 抱卵する少女と放水する少女


 意図せず精霊姉妹の調教を完了してしまった俺は、仲間ペットになった二人と情報を共有するため、調教師が持つ能力の一部を簡単に説明してやる。


「ここにあるモノ全部、一日ちょっとで作っちゃったなんて……キョウヤはすごい力を持っているのね!」


 すると、フレアは目をキラキラと輝かせながらそう言った。


「わたし達の力と合わせれば……この森でも十分に暮らしていけそうですっ! キョウヤさますごい!」


 アクアの方も嬉しそうである。


「やれやれ、まだ目の前で実際に見せたわけでもないのに信じるのか?」


 だがしかし、こんなにあっさり信用されると拍子抜けだ。


「コカトリスからあたし達を救い出してくれたキョウヤが嘘をつくはずないわ!」

「お姉ちゃんの言う通りです……っ! キョウヤさたは神様みたいなお方ですっ!」


 二人とも少しは人を疑うことを覚えた方がいいんじゃないだろうか。


「まったく……」


 教団で悲惨な監禁生活を送りすぎたせいで、少し優しくするだけで簡単に堕ちてしまう危うい精神状態になってしまったようだな。かわいそうな姉妹である。


 それに、もっと反抗してくれた方が調教師の力を試せるのだが……まあ仕方ないか。


「ところで、アクアとフレアはどんな力を使えるんだ?」


 俺はごく自然な流れで二人の具体的な能力を聞き出す。


「あたしは火を出したり、モノを温めたりするのが得意ね」

「わたしは……水を操ったり、綺麗にしたりできます」


 なるほど。火と水はサバイバルに必須だからありがたいな。


「アクアは自分の力では水を生み出せないのか?」


 俺は「水を操る」という言い回しが引っかかったので、そう問いかけてみる。


「もちろんできるわよ。あたしも出すところは見たコトないけど」


 質問に答えたのはフレアの方だ。


「お、お姉ちゃんっ!?」


 それに対して、何故か凄く慌てふためいている様子のアクア。


「知られるとまずかったのか?」

「い、いえっ! そういうわけでは……ないんですけどぉ……っ!」


 いまいち歯切れが悪いな。……やはり、水を生み出すのはかなり大変なことなのかもしれない。命の源だしな。


「キョウヤになら別に話してもいいでしょ? あたしにも何回か飲ませてくれたんだしさ」

「う、あ、うぅ……」


 言い淀み、黙り込んでしまうアクア。


 ……本人が嫌がっているのであれば、この話題は変えた方が良さそうだな。


「ところでフレア。実をいうと、ここにコカトリスの有精卵があるんだが――」

「ひっ!?」「ひゃあぁっ?!」


 俺が何もない空間から卵を取り出してみせると、フレアとアクアは青ざめた顔をしながら小屋の隅へ逃げていく。


「……すまない」


 そういえば、つい先程までコカトリスに食べられていたんだったな。トラウマになっていても無理はない。


 俺としたことが迂闊だったようだ。


「まさか、そこまで怖がるとは思っていなかったんだ」

「い、いえ……たっ、卵なら……別に……大丈夫よ。ちょっとびっくりしただけ……!」


 ぎこちなく笑いながら話すフレア。明らかに無理をしている様子である。


「あ、あんなに大きなコカトリス……滅多にいませんし……ここっ、怖がっても仕方ないですっ!」


 アクアの方も強がっている感じだ。


「……フレアの力で、この卵が孵るまで温められないか聞きたかったんだ。現状、食料の確保が急務だからな」

「できるけど……魔物を食べるの?」

「おかしいのか?」

「い、いえ……食べる人も居るって話は聞いたことあるわ……」


 つまりゲテモノ扱いということだな。コカトリス肉はそれなりに美味しかったし、おそらく卵も大丈夫だろう。


「背に腹はかえられないからな。食べられるものなら利用するべきだと思うぞ」

「そ、そうね……。じゃあ、その卵を貸して」

「ああ、分かった」


 俺は有精卵三つをフレアに渡した。


「たぶん、あたしが温めればすぐに孵ると思う。半日もかからないわ」

「それは早いな」


 そこまで来ると、もはや自然の摂理を無視してるだろ。一瞬で小屋を建てられるファンタジー世界に今さら野暮なことを言っても仕方ないが……。


「アクア。あたしが卵を孵す間、キョウヤにあんたの力も見せてあげてよ」


 フレアはそう言うと、有精卵の上に覆い被さって温め始めた。いわゆる抱卵というやつだな。心なしか顔も赤くなっているような気がする。


「っていうか……これやってると、なんか恥ずかしいから……あんま、見ないで……っ」


 確かに、見てはいけないモノを見せつけられているような気分になってくるな。


「分かった。しばらく外に出ていよう」

「キョウヤさま、こっちです……」


 かくして、俺はアクアと一緒に小屋の外へ出るのだった。


 *


「えっと、わたしの力はこんな感じです……」

「ふむふむ」


 近くの川でアクアに水を操る様子を見せてもらったのだが、思っていた以上に強力な力である。


 一度に操れる水の量はかなりのもので、条件さえ整えば先ほどのコカトリスくらいなら水中に閉じ込めることができてしまうだろう。


 おまけに大気中の水蒸気を凝縮した水を撃ち出すことも可能で、分厚い岩をも簡単に破壊する威力である。


 これだけの能力があって何故コカトリスに食われたのか聞くと「今日はキョウヤさまが見てくれていたので……い、いつも以上に力が出ましたっ!」という答えが返って来た。なるほど。分からん。


 ……ちなみに、これら殺意が高い能力の他に、触れた水を安全な飲み水に浄化するといった力も兼ね備えている。


 水を使ってここまで色々なことができるのであれば、精霊として崇められるのも納得だ。


「あと見ていないのは……水を生み出す力とやらだけか?」

「そ、そうだと……思います……」


 何故かもじもじしながら答えるアクア。


「見せたくないなら別に無理をする必要はないぞ」

「い、いえっ! あの、向こうを向いていてくださるのあれば……や、やれますっ! 何か――水を入れるコップのようなものを下さいっ!」


 そうお願いされたので、俺はその場で木材×2から木のコップを作成してアクアに手渡した。


 終わるまで少し離れていて欲しいとお願いされたので、言われた通りにしてアクアを待つ。


「で、できました……っ! き、綺麗なお水です……!」


 ――少しして、やや息を切らしたアクアがコップ一杯の水を携えて戻ってきた。水を生み出すのにはかなり体力を使うらしい。


「あの、飲んでも……大丈夫……ですっ!」

「分かった」

 

 アクアに促され、コップに口をつける。最近はまともに水分を摂取できていなかったのでありがたい。

 

「ど、どうですか……?」

「冷たくて美味しい」

「んっ……!」


 俺の感想を聞き、身体をビクビクと震わせその場に座り込んでしまうアクア。


「どういった感情の発露なんだそれは」

「わたしは……とても罪深いです……っ!」

「そうか」


 急に聖職者みたいなことを言い出したな。教団で精霊をやっていた名残か?


「……だが、元ある水を綺麗にできるならこの力を使う必要はないな。体力も使うみたいだし」

「えっ……あ、はい……。そう、ですよね……?」


 今度は少し残念そうだな。


 素直なフレアとは違って、アクアは考えていることが分かりにくい。なかなかに手強い相手だ。


「でもその、実は……わたしのお水を飲んだ方が……生命力がみなぎったり……するかもしれません。【聖水】なんて……呼ばれてたりして……!」


 辿々しく言葉を紡ぎながら、上目遣いでこちらを見てくるアクア。


「なるほど。それなら使いどころは見極めるべきだな」

「…………はい」

「お前の聖水が必要な時が来たら、またその力を使ってくれ」

「…………はい」


 そうして、俺たちは一度小屋へ帰還するのだった。

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2024年12月14日 18:02

異世界に転移したら『調教師』とかいう変態扱いの最低職だった件 おさない @noragame1118

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