第54話
「まさか、また……」
「そう、また閂様としての役目を盗ませてもらったよ」
惣が盗んだのは、閂様という役職と絃が身に着けていた襟巻だ。惣は襟巻を良世に渡した。受け取った良世は何故かそれを地面に落とした。ジャケットのポケットから、赤い液体が入った小瓶を取り出して、襟巻の上に落とした。
「さぁ、これからが見世物だ!」
白い襟巻は赤い液体を呑み込むように、全体に広がった。あっという間に赤い襟巻になり、良世はその上に何かが書かれている札を置いた。赤い襟巻から赤色が滲み出てきて、何かの陣を描いた。
それを見た瞬間、絃の頭に電気が走ってあることを思い出した。
「まさか!扉を召喚させるつもりか!でも、血はどうやって……」
「ああ、そうだよ。そのために手長足長を幽世に送り込んだんだよ」
良世は、淡々と言い放つと、陣から鉄扉が出現した。
扉は、本来幽世にある。だが、ある方法を使うことで、扉を現世でも顕現できる。
一つは、閂様の妖力で扉を作る。
もう一つは、閂様が身に着けているものと閂様の血を使って陣を作り、扉を召喚すること。
二つは、似ているようで全く違う。
扉を召喚することは、あくまで最終手段。扉を作るときは、閂様の力が必要になる。でも、召喚は閂様の力を必要としない。召喚するのに必要なものさえ手に入れば、要は誰にでもできる。それを良世と惣はやってのけた。
「これが扉か」
「そうだよ。惣、やることは分かっているよね」
良世は、惣の顔を見る。惣は無表情のまま良世の顔を見返して、深く頷いた。どこに隠していたのかは分からないが、手にはトンカチを持っていた。
「やめろ!」
これから、良世と惣が何をするのかすぐに分かった。今すぐにでもやめさせなければならない。絃は、境界線に向けて青い炎を放ち続けた。境界線内に煙が溢れることを知りながら。
「絃くん、折角だから見てなよ。扉が壊れるさまを、世界が壊れるさまをさ!」
良世の言葉に思わず動きを止めた。その瞬間、惣がトンカチを大きく振りかぶって、閂を壊した。そして、トンカチで扉を何度も叩いて破壊した。扉に大きな穴がぽっかり空き、そこから吐瀉物のように幽世にいた妖たちが流れ出てきた。
「うわぁ!ここはどこだ?」
「一体、何が起きたんだ?」
現世に来たことがない幽世の妖たちは戸惑っている。
「おいおい、急になんだよ。海里、無事か」
「はい、何とか」
流れ込んできた妖の中に、八尋と海里がいた。
「八尋!海里!」
二人の名前を呼ぶが、二人が気づく様子はなかった。
「やあ、よくやってきたね君たち」
困惑する妖たちをまとめるように良世が声を上げる。妖たちはみな、良世に釘付けになる。
「なんだ、アイツは?」
「見ろ!地面にある襟巻は、絃様が身に着けているやつじゃないか?」
一人の妖が絃の襟巻に気が付くと、ざわざわと騒ぎだす。
「どういうことだ……。絃様はどこへ行ったんだ?」
「それに、どうして扉が破壊されているんだ?」
「まさか、絃様が破壊したのか?」
「いいや、そんなわけがないだろう!」
「でも、この状況は……、どう見ても」
妖たちは絃が扉を破壊したものだと、考えている。その考えを肯定するように良世の言葉が妖たちの耳を奪った。
「そうだ!現閂様の狐井絃は役目を放り投げた!そして、現世と幽世を繋ぐ扉を壊した!これは紛れもない事実だ」
「違う!」
否定の言葉を上げる絃の声は、妖たちには届かない。
「そんな、まさか」と、動揺が広がるだけ。その動揺に畳みかけるように、良世は言葉を続ける。
「絃は言っていた!いつしか平安の世のように、妖と人が生きる世界を確立すると。なぁ、君たち。幽世という、狭い世界にいないで現世で好き勝手に生きてみたいと思わないか?」
良世は言葉巧みに妖たちを誘導している。その誘導がすでに良世の手の平の上に乗っていることを知らずに、妖たちは目を輝かせている。
「そりゃあいい!」
一人の妖が言うと、それは瞬く間に伝播しその場にいた妖たちは声を揃えて謂う。
「なんて素敵なんだ。流石、絃様だ!」と、拍手喝采している。
「な、なにを、言っているんだ……」
天邪鬼の言葉はここまで恐ろしいと思わなくて、言葉にならない。妖たちは、さっきまでの動揺が消えて歓喜に満ち溢れている。
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