第53話
「ふざけたことを」
「ふざけてなんかいないよ?それが事実だからね。絃くんだって、閂様ができた理由は知っているだろ?」
「もちろんだ」
閂様が生まれたのは、平安の世。その頃はまだ人と妖が同じ世界に存在していた。現世と言う名も、幽世のいう名も存在しなかった。だから、妖たちは人々に悪戯をして、時に殺し、時に誘惑するなど、やりたい放題で人々は怯えて生活をしていた。
そんな中、ある人物たちが妖を一同に集めて隔離し、妖だけの世界を作った。その世界こそが幽世。そして、人だけが住む世界を現世と呼んだ。世界を分けたところで、入り口と出口を塞がなければ、妖たちは簡単に現世へ来てしまう。それを防ぐために、現世と幽世を繋ぐ扉が出来た。
妖たちが勝手に開けないように、幽世での妖たちを見張る者が必要だった。その役目を持った者の事を、閂様と呼んだ。初代の閂様は、人間の父と白狐の母から生まれた陰陽師、安倍晴明だ。清明と共に幽世を作ったのは、当時の陰陽師たちだ。境界師たちは当時の陰陽師たちの子孫であると言われている。境界師たちは現世で人々を守り、閂様たちは幽世で扉を守り、妖たちを見張ってきた。それを幾千年も続けてきて、今の幽世と現世がある。
「現世と幽世の破壊というのはね、作られた経緯の逆のことをすればいいんだよ」
その言葉で絃は、良世と惣の目的にようやくピンときた。
「まさか……」
良世は、楽しそうに笑って言い放った。
「閂様が持つ扉を破壊すれば、幽世と現世という概念は消える。さっきよりも倍の妖たちが現世に流れ込み、現代は平安の世と同じになる!それこそが、俺たちの目的だ!」
良世は、歓喜に満ち溢れたように両手を広げて笑う。
「ふざけるな!」
怒りがこみ上げた絃は、良世に怒りの言葉をぶつける。すると、良世の笑い声がピタリと止んだ。
表情のない顔つきで、「大まじめだよ、僕らは」と呟いた。
二人の目は、据わっていた。
彼らは本気だ。本気で目的を果たそうとしている。
現に式神の月人、守護獣のろいろを封じられている。 間違いなく彼らには目的を果たせる力がある。
このままでは二人の目的通りになってしまう。
絃は、二人を止めようと、足を動かした。
「おっ、と。絃くんはそのまま動いちゃダメだよ」
良世に気づかれて三重にもなる境界線を引かれてしまった。
「クソっ!出せ!」と、境界線に向かって体当たりをするけど、びくともしない。
「妖の狂暴化と幽世への迷い人の増加は、お前らの仕業か!」
良世と惣に問うが、境界線が邪魔をして二人の耳には届いていない。
「あ!そうだ、言い忘れていたよ。今までの騒動は全部俺たちの企みだよ」
だが、良世の耳には届いていたのか、問いに答えるように喋り出した。
「妖が狂暴化する謎。絃くんは、調べていたようだけどたどり着くことはできなかったみたいだから教えてあげるよ。あれは、俺の仕業」
良世は、右目に着けている黒い眼帯を外した。露わになった右目をゆっくり瞼を上げた。右目は黒白目で異様な輝きを放っていた。
その目を見た瞬間に、今まで感じたこともない不快感が湧き上がった。今までため込んできた怒りが湧き上がるような感覚に見舞われた。それと同時に、心の中を読まれているような不安感に襲われた。
「ああ、可哀想に。絃くんは今、とっても不安なんだねぇ」
ねっとりとした口調で煽り、人の心の中を読む。
そういう妖がいる。
「まさか、お前は天邪鬼か」
「そう、正解~!」
言葉は聞こえないはずなのに、やり取りが成り立っているのは良世が天邪鬼だからだ。
「と言っても、俺も絃くんと同じ半妖だよ」
天邪鬼とは、人の心理を察して口真似をする妖。良世が天邪鬼の半妖ということは、予想外だった。
「あれ、結構予想外だった感じ?てっきり、絃くんなら気が付いていたと思っていたんだけどなぁ」
今までのおおらかで気さくさのある良世とは違い、今は天邪鬼そのもので、苛立ちが湧き立ってくる。
「ははは!優しい絃くんが苛立ってる。ふふ、ははは!面白いねぇ」
心の中で思えば思うほど、良世の思う壺になってしまう。でもどうしたらいいんだ、と考える。
「ふふふ、考えてるねぇ。でも、それはもう終わるよ」
良世は、惣に目配せをする。
惣が静かに頷いたと思ったら、目の前にいた。
「取り返したところ悪いけど、また盗ませてもらうよ」
惣の手が境界線の中に入ってきて、絃から何かを盗んだ。
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