第50話
「心配するな。俺がこの状況をどうにかする」
「どうにかって……、おい!」
絃は、吹雪の言葉の途中で駆け出した。向かうのは、月人。
月人は、絃に気が付いたのか、距離を取ろうと後ろへ下がる。それを絃は見逃さない。一気に距離を詰める。詰めた瞬間に素早く手の平から青い炎を作り出す。月人が次に動く瞬間を狙って、それを月人に脳天目掛けて振り下ろす。
けど、月人は反応して身を捻るように交わした。絃と距離を置きたいのか、先よりもかなり後ろへ下がった。月人は、絃に距離を詰められるのを嫌がってる。きっと、不本意ながら敵になってしまったことへの罪悪感があるのだろう。
でも、そこを突かせてもらう。
絃はどんどん月人の距離を近づける。けど、その度に月人は距離を取るけど、絃は逆に距離を詰めていく。
片や逃げの一手の月人、片や攻めの一手の絃。
逃げと攻めの攻防が始まっていく。
絃は手の平から炎を作り出し続け、月人に向かって放ち続ける。月人はそれを華麗に交わしていくけど、絃の顔面に向かって蹴りを振り下ろしてくるようになった。
どうやら、本気になったみたいだ。
月人の蹴りが顔面に決まる瞬間、絃は両手で顔を塞いで蹴りを受け止める。
「重いけど、防いだぞ」
月人が強いのは知っているし、手合わせをしたのは今日が初めてじゃない。いつもは、月人の蹴りを交わすのが手一杯で、受けとめたことはなかった。でも、今日初めて月人の蹴りを受け止められた。
受け止められたことにびっくりしたのか、月人の気が緩んだ。
それが、逆転の好機。
絃は手の平を月人に向けてラグを作らずに青い炎を放った。
避けきれなかったのか直で炎を受けた月人は、大きく体勢を崩し地面へと倒れた。青い炎は月人の全身を包んでいる。絃の青い炎は狐火。その狐火はどんなものでも燃やし尽くす。流石に月人を燃やし尽くすわけにはいかないから、火力は抑えた。
月人は全身を燃やす狐火を消すように自身も狐火を出した。
「相殺か」
「ええ、そうですよ」
炎の中で月人がぽつりと呟いた。
炎と炎がぶつかり合った時、一つは二つになって火力を増す。けど、狐火は違う。狐火と狐火がぶつかり合った時、同等の火力であれば相殺ができる。けど、それには時間がかかる。月人が狐火を相殺する時間、そして起き上がる時間まで、絃は次の一手に出る。
その一手の下準備を終えたと同時に。
「はぁっ……、はぁっ……」
月人は絃の狐火を相殺した。肩で息をしながら、ゆっくりと立ち上がった。
その瞬間に、絃は空中に留めておいた狐火を月人に向かって放つ。月人に向かう瞬間、狐火は一つの群となり、月人の周りを完全に取り囲んで身動きの一切を封じた。
動こうと思えば動ける。けど、全方位に囲まれた狐火を一つ一つ相殺するのは時間と体力を食う、と月人なら考えるだろう。だから。
「くっ……」
「お前は動けない」
この状況下で最も厄介なのが月人。その月人を包囲し身動きを取れなくさせる、絃の策略が功を奏した。
動きたくても動けない月人は、悔しさに耐えるように唇を噛んでいた。でも、どこか嬉しそうに僅かながらに口角が上がっていた。
「悪いな、月人」
小さく呟いてから、絃は吹雪の隣に戻る。
吹雪はぽかんとした表情をしていた。
「お前、何をしたんだ?」と、吹雪は人差し指を震わせて指をさしながら、震える声で問う。その問いに絃は小さく笑って見せた。
「厄介な式神の動きを封じてきただけだが?」
「マジかよ。お前って結構強いんだな」
「まぁ、こういう状況にも対応できるようにしているからな」
脳裏に蒼士の言葉が蘇る。
初めて修行する時に教えられたのは、式神や守護獣を信頼しすぎないこと。式神や守護獣が敵に回ったときや、暴れたときに抑えられるように、彼らよりも強くあらねばならない。
実際絃は、月人よりも強かったりする。初めて月人と出会ったとき、気性の荒かった月人を冷静にさせたのは実力差を分からせたから。やや強引気味だったけれど。でも今は、互いに体を鍛えたりしているから、手合わせの勝敗は半々くらい。実力は、互角になった気がする。
「それでこれからどうするんだ?」
「どうもしない。自分の式神と守護獣を取り戻すだけだ」
絃は、月人に向かって走り出し、月人の腕を掴む。月人に袖を振り払われないように袖をめくった。
袖の下には赤い契約印が刻まれていた。
閂様と式神は、契約印を刻印する事で晴れて式神となれる。式神は主である閂様に逆らったり、裏切ったりすれば契約印から流れる凄まじい電流により罰を受ける。だが、その罰はまだ契約をしていない主と式神であっても、例外ではない。
この罰は要するに、式神が閂様に逆らったら、罰が下るというもの。そこに元も現も関係はない。例えば、式神である月人が蒼士に逆らったとしても、同じように罰が下される。式神の契約印には、閂様を守るという意味があるから。
月人は閂様となった惣に逆らった事で罰を受けた。でも、まだ二人の間に契約は交わされていないから、月人は一応まだ絃の式神ということになる。
式神は主を一人しか選べない。だから、先代の式神を新主は受け継ぐことはできない。先代が式神を解放するか、新主が新たな式神を選ぶかになる。
ただ、式神を選べるのは、修行を終えた閂様だけ。先代が認めていない閂様に式神を持つ権限はない。だから、惣が完全な閂様になることはない。
「何をするのですか、絃!」
腕を掴まれて困惑する月人に絃は顔をぐっと近づけた。
「月人、さようなら」
絃は、月人に腕に刻印されている契約印を破棄した。これで、月人は絃の式神ではなくなった。
「絃、何を」
月人は自分が式神でなくなったことに、酷く動揺しているようだった。
それはそうか。
我は月人を捨てたも同然だからな、と心の中で呟く。月人が今にも泣きだしてしまいそうな顔を見ると、胸が痛む。でも、今はこれが最善。月人をこれ以上暴れさせる方がもっと胸が痛むから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます