第47話

 この事態を惣が起こしているかもしれないけど、これだけのことを一人でできるはずがない。間違いなく誰かと共謀して起こしていると考えるのが妥当だ。

 けど、今はこの騒動を鎮めることに集中しなければ。狂暴化している妖を鎮める方法は今の所、封印して再解除をすることしか対処方法がない。でも、数多の妖たちを一人一人封印していたら時間がかかりすぎる。だから、他の方法を考えないといけない。頭を悩ませていると、肩を叩かれた。叩いた人物を見ると、月人だった。

「絃、ご指示を」

 月人とろいろは、どんなことでもやって見せますと言うように深く頷いた。指示を待っている二人にこれ以上待たせるわけにはいかない。一人一人の封印に時間がかかるのなら、まとめてやるしかない。でも、そのやり方だと時間制限がある。けど、月人とろいろがいればきっと、上手くいく。

「月人、ろいろ。ここにいる妖たちすべてを幽世へ封印する。そのために、一度扉を解放する。逃げる者はすべて捉えて、幽世へ放り込め。何人たりとも逃がすな」

「御意」

 月人とろいろは、一言答えると息を合わせたように、二手に分かれて妖たちを追いかけにいった。

「扉を作るのは、初めてだ。上手くいくことを祈るしかない」

 狂暴化する現世の妖たちを、幽世に封印という名目で妖たちがいるべき本来の幽世へ戻すことに決めた。そのためには扉を作る必要がある。作られた扉は、幽世にある扉の分身のようなもので繋がっていて出入りは可能。しかし、扉を顕現できる時間は、たったの一時間だけ。紛れもなく、時間との戦い。扉の作り方は蒼士から教わったとはいえ、初めてやることで、緊張する。でも、やるしかない。絃はゆっくり息を吸って吐いて気持ちを落ち着かせる。扉の形を頭の中に思い浮かべて、体の中を巡っている妖力を込めて扉の形を作っていく。

「上手くいったか」

 そこには幽世にある扉と全く同じ扉が現れて、絃はほっと息を吐いた。

 扉には閂がなく、ひとりでに扉が開いていった。作り出した扉は絃の妖力で顕現しているから、守護獣のろいろには声は必要ない。開く際の手間は省けるけれど、扉が開いている間、ひたすら妖力を送り続けないといけない。一歩もその場から動かずに。利点もあるけれど欠点の方が大きいから、このやり方は余程の事じゃない場合のみにしか使わない。その他のやり方もあるにはあるけれど、滅多には使わない。そもそも、閂様が現世で扉を顕現する必要もない。

「月人とろいろは、上手くやれているか?」

 月人とろいろに目を向けると、手早く妖たちを扉へ放り投げている。けど、逃げるのが上手い妖を捕まえるのに苦戦を強いられているようだった。助け船を出したいけれど、妖力を送り続けることしかできないから、助けようもない。悔しくて唇をかみしめる。

 そこへ、「手を貸そうか」と現れたのは境界師の吹雪だった。吹雪の後ろには、スーツを着た五人の男女が立っていておそらく、全員境界師だろう。

「遅いですよ、吹雪先輩」

「悪い。応援を呼ぶのに手間取ってちまってな。それよりも、今の状況はどうだ?」

「見ての通り、妖で溢れかえっていますよ。でも、絃くんが妖たちを幽世へ戻してくれるみたいです」

「そうか。なら、俺たちも協力しないとな。やるぞ、良世」

「分かってますよ。俺は優秀なので吹雪さんの考えることくらいわかります」と、良世は誇らしげに笑った。

 吹雪はその笑みが気に食わないようで、眉間に皺を寄せた。やれやれと呆れるような短いため息を吐いた。

「閂様に協力して妖たちを幽世へ送り戻す。全員とりかかれ!」

 低く通る声を張り上げた。

「了解!」と、良世を含めた境界師たちは声を揃えてそれに答えた。逃げ惑う妖たちを前に境界師たちは、境界線を引いて退路を塞いでいく。

 退路を塞がれて戸惑っている妖たちに、月人とろいろが追い打ちをかける。月人は、妖たちに凄まじい蹴りを浴びせて、次々と気絶させていく。

 気絶した妖たちの首根っこを鋭い爪で掴んで、扉まで引きずって歩いていく。その姿は、まるで鬼みたいだ。

「お前の式神は黒狐なのに、鬼みたいだな」

 隣から低い声が聞こえてきて横を見ると、吹雪が立っていた。煙草を口に咥えてゆっくりと白い息を吐き出した。若干、煙たかったから顔には出さないように眉を寄せた。

 吹雪の言うように、月人は優しい一面が多いけど、実は鬼のように強かったりもする。

「ああ、頼りになる式神だ」

 月人の戦いぶりを見ていると、初めて出会った時の事を思い出す。

 当時の月人は、野狐だった。

 八尋、海里と同じく幽世の裏の世界を牛耳っていた悪党で、月人を知らない妖はいなかった。

 月人が式神になってくれたのは、奇跡に近い。

 もし、あの時月人を式神に誘わなければ、この状況での立場は逆だっただろう。

「冷泉、今あまり我に近づくな。巻き込まれるぞ」

「どういうことだ?」

 吹雪は、意味が分からないという顔をして絃に顔を向けた。

 その瞬間、ヒュッと何かが絃と吹雪の間を通り過ぎていった。首だけを動かして通り過ぎたものをみると、それは妖だった。妖は絃と吹雪の背後にあった建物に埋まっていて、下半身だけが出ていた。

 妖が飛んできて方向を見ると、そこには鬼の形相で睨みつける月人がいた。月人は、動き回っているからか、綺麗にまとめている髪の毛が乱れていて、夜叉のような出で立ちだった。視線はすべて吹雪に向けられているようで、月人は、吹雪に向けて鋭い爪を向けた。

「あまり閂様に近寄るな。引き裂かれたいか」

 月人の威嚇に隣に立っていた吹雪が少しずつ距離を取った。距離が両手を伸ばしても触れられないくらいになると、月人は満足したのか吹雪から視線を外して、逃げ惑う妖に向けて駆け出した。

「おいおい、お前の式神、忠誠心強すぎだろ」

 吹雪が唖然としたまま口にした言葉は、絃の耳にしっかりと届いていて、思わず笑ってしまった。

 扉の顕現から三十分くらいが経過したころには、溢れかえっていた妖たちは半分以上少なくなっていた。空は、美しい青色からだんだん夕暮れ時になり、藍色の空へと変わっていく。時刻は直に逢魔が時を迎えようとしていた。この時間は、幽世の接点とつながりやすい。今、妖が多い時刻に人が出くわすと、第六感がないものでも妖の姿が見えてしまう。そうなれば、現世は大騒ぎとなるだろう。

「冷泉、漣。ここら辺一体に境界線を引いてくれ。誤って人がここに迷い込まないようにするんだ」

「分かった」

「分かりました」

 その提案に吹雪と良世は賛同し、妖がいる周辺一帯を二重になる境界線を引いた。

 逃げ惑う妖たちは、境界線に阻まれ身動きが取れなくなった。その隙に月人とろいろが、妖を捕まえる。

 ろいろは、速い足で逃げ惑う妖より先に回り込み逃げ場を封じる。戸惑う妖に畳みかけるように月人が背後から首根っこを掴み、扉に向かって放り投げる。

 月人とろいろは、普段はあまり反りが合わず喧嘩することがあるが、こういう時はきちっと合わせてくるのが時に胸が熱くなるものだ。二人の連携が功を奏し、ものの数十分ですべての妖が幽世へと戻っていた。

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