第16話

「う、うぅ」

 倒れている鴉天狗たちは、意識があるようで呻き声を上げている。

「大丈夫か?」

 駆け寄って声を掛けると一人の鴉天狗が目をゆっくりと開けた。

「あ……、かんぬき、さま……」

 鴉天狗は、絃に気が付いたようでゆっくり体を起こしたものの、痛みが走ったのか大きく前のめりに倒れる。絃は、倒れる体を優しく支えた。

「いい。そのまま寝ていろ」

「すみません……」

 鴉天狗を静かに地面へ仰向きに寝かせる。

「何があった?」

 絃が鴉天狗に問いかけると、鴉天狗は、眉間に皺を寄せながら答えた。

「仲間の鴉天狗が……、黒人が急に襲ってきたんです……」

「黒人が?」

 鴉天狗の言葉に絃は耳を疑った。

「そんな!黒人はそんな人じゃないです!だって、黒人は……。黒人は優しい人なんです!だからこんな風に誰を傷つけたりしない。あの時、私を助けてくれたみたいに、誰かに手を差し伸べられる人です」

 なずなは声を荒げて否定した。本来の黒人をずっと見てきたなずなにとって、今目の前に広がっている光景は、信じられないだろう。とはいえ、それが現実だ。

 これは黒人の意志で行っていることではなく、何かに巻き込まれたか、利用されているんじゃないか、と考えた。

「そうですね……。あなたが、なずなさんですね?黒人から聞いています。私は黒人の兄貴分の黒夜こくやと言います」

 黒夜は、絃を真っ直ぐ見つめて震えている唇を動かした。

「閂様、お願いです。黒人を止めて下さい。黒人は今、狂暴化していてまともに話ができる状態ではありません。ですが、なずなさんと閂様がいれば、もしかすると変わるかもしれない。申し訳ありませんが、よろしくお願いします」

 黒夜は、頭を深く下げた。それに倣うように、なずなも深く頭を下げた。

 黒人のことを大切に思う兄弟と恋人がいる。黒人を助ける理由はそれだけで十分だ。

「ああ、最善を尽くす」

 絃は、黒夜の傍を離れ立ち上がる。

 耳を澄ますと、バサバサと翼が羽ばたく音と鴉天狗たちの呻き声が聞こえた。黒人はすぐそこにいる。狂暴化しているのであれば、化け狸の六科と同じように封印するのが一つの手だ。それ以外となると、退治するしかない。

 連日起きている狂暴化の原因は不明。対処法の一つは、封印をすることだけ。黒人と正気に戻せるかどうかは分からない。けど、できる範囲はやらないと。

「花立、一緒に来てくれ」

「はい!」

「月人、ろいろ。黒人のところに急ぐぞ」

「承知いたしました」

「おう!」

 なずなに危険を及ぼさないように、絃と月人の間に挟んで、黒人の下へ向かった。

 黒夜がいた所から、奥へ進めば進むほど鴉天狗たちの苦痛の声と、黒人を説得する言葉が耳に入る。思った以上に事態は深刻で、思わず額から冷や汗が流れ出る。

 絃は、横目でなずなを見ると、恐怖に呑まれ青白い顔をしていて、今にも泣きだしてしまうくらい目に涙が浮かんでいる。けれど、歩みを止めることはなく、目は真っ直ぐと奥へ向けられていた。なずなは思った以上に心が強いようで、杞憂だったなと、心の中で呟く。

 奥に進んだ先で、黒い影が見えると、絃は足音を立てずにゆっくり大きな木の後ろに隠れた。

 影はまだこちらには気が付いていない。影の主を止めに入ろうと一人の鴉天狗が立ち向かっていく。

 けれど、影が手に持っている錫杖で紙を切り裂くように薙ぎ払う。それを鴉天狗は避けきれず、背後にある大木に全身を強打してしまった。

 打ち上げられた魚が蠢くように、体が小刻みに痙攣するも、数秒後には動かなくなってしまった。

 影は、その鴉天狗を無表情で見下ろしている。

 ゆっくりと、鴉天狗に向かって歩き出していく。距離が目の鼻の先になると、その影は手に持っている錫杖を高く振り上げた。

 絃はその影がこれから何をするのか、瞬時に理解した。

 気が付けば体が動いていた。

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