第14話

 黒くドロドロした粘着性の液体が全身を覆っていく感触がした。目を開けたくても、液体が目の中に入ってきて、開けられそうにもない。液体は目だけじゃなく、耳の中にも入ってきて、何も聞こえない。自分の心臓の鼓動も息遣いすらも、全く聞こえない。


 そんな無音の世界に、黒人はいた。頭の中でどうしてこんなことになっているんだと考えると、思い当たることが一つだけあった。

 金色の髪の美しい男に出会った。その男と少し会話をした記憶があるけど、会話の内容までは思い出せそうにもない。何かを聞かれて、答えたような気もするがあまりはっきりしない。

 その男の他に、もう一人いたような気がした。けど、やっぱりはっきりと思い出せない。今までの記憶が夢のように、現でおぼろげだ。


 いま、どこにいるんだ。

 なずなは、元気にしているだろうか。

 頭の中に、可愛らしい笑顔のなずなが浮かぶ。なずなと最後に会ったのはいつだったか。それすらも曖昧だ。けれど、一つだけはっきりしていることがある。

 それは、なずなと共に生きるためなら、何でもするということ。もし、なずなと生きる道を邪魔する者が現れれば、問答無用で殺すこと。その邪魔者は兄上だろうが、僧上坊様であろうとも変わりはない。愛するなずなを守るためなら、致し方ない。

 けれど、妙だ。

 なぜか、なずなが悲しんでいる顔が脳裏に浮かぶ。今にも泣きだしてしまいそうなのを、抑え込んで笑っている。黒人は、なずなの笑顔が好きだった。なずなが悲しんでいるところなど見たくもなかったのに、なずなは今泣きそうな顔をしている。

 おかしい。

 でも、あの男は言ったんだ。

「その娘と一緒に生きたいならさ、血に染まらなくちゃ。その子を妖にでもしてしまえばいいし……。何より、妖と人が一緒に生きるんだよ?どんなことでもやらなきゃ、辻褄があわないよ?」と。

 閂様が言う覚悟だけじゃ、物足りない。

 覚悟だけでは、人と共に生きていけない。人はいずれ死ぬ、ずっと一緒にはいられない。それを迎えるために覚悟を持つより、いっそ人で無くしてしまえばいい。

 あの男は言っていた。人を妖にするには、妖の心臓が必要だ。心臓を集めて一つにして、その血をなずなに飲ませれば、人ではなく妖になれるだろうと。

 そんな話を信じたわけじゃない。

 閂様に相談をしなければと思ったのに、胸の中をかすめ取られたような気がした。胸を触ると、心臓はちゃんと脈を打っている。けど、何かが足りない。忘れてはならないものすら、忘れてしまったような感覚があった。

 それに足掻くと、胸に激しい痛みが襲った。痛くて苦しくて、両目から涙が浮かんでしまうほどだった。

 藻掻き苦しむ中、あの男が耳元で囁いた。まるで地獄の底へ落とすような言葉を。

「本能のままに動け。そうすれば、あの子の心はずっとお前の物だよ」

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