第13話
「君の名前を教えてくれるかい?僕は、
「あ、私は、
少女はなずなといい、おずおずと挨拶をした。
絃は、なずなを屋敷へ招待した。今は、居間に通して月人、ろいろと共に幽世へ来た訳を聞こうと考えた。
「あの、狐井さんは、さっきまで耳と尻尾があったような気がしたんですが……」
向かいに座っているなずなが、おそるおそる喋り出した。
「あぁ、あれは僕の妖の姿なんだ。今は、人の姿だから耳と尻尾がないんだよ」
「へ、へぇ、そうなんですね」
なずなは、苦笑いをしながら相槌を打った。
居間に据わってから絃は、なずなを怖がらせないように妖の姿から人の姿に変えていた。それに合わせるように隣に座る月人も、人に化けている。
「さて、花立さんはどうしてここへ?その前に、ここがどこだかわかるかい?」
話の本題に入ると、なずなはどこか悲しそうな目をしていた。
「知っています。ここは妖たちが住む幽世ですよね」
「うん、どうやって来ることができたのか気になるところだけど……。何か用があるのかい?この幽世に」
怖がらせないように優しい口調で問いかけると、なずなはどこか思いつめたような顔をしていた。
「あなたに……、閂様にお願いがあって来ました!お願いです、私の話を聞いてください!」
意を決するように喋り出したなずなは、机に頭が付いてしまうほどに深く頭を下げた。
妖から相談を受けることがほとんどだけど、極稀に現世からやってきた人の相談を受けるときがある。その相談は、人には対処しきれない問題や、現世にいる人や妖に脅威が迫っていることが多い。
もしかすると、黒人の行方不明と何か関係があるのだろうかと思い浮かんだ。
「わかった。何があったか話してごらん」
「ありがとうございます!」
なずなは、一度上げた頭をもう一度下げた。ゆっくりと深呼吸をしてから、口を開いた。
「実は、私には妖の彼氏がいるんです。彼は、鞍馬山の鴉天狗の黒人という妖です」
まさか、本当に黒人の名前が出るとは思わなかった。思わず声を出してしまいそうになるのを抑え込む。
重苦しい表情をしながら、語っているなずなの話に耳を傾ける。
「黒人は優しい妖です。以前、鞍馬山に登山をしていた時、どうしてかは分からないんですけど、友達から逸れてしまった事があるんです。霊感とかそういうのはないけど、その時に妖に会って襲われかけました。その時に助けてくれたのが黒人でした。それから、よく黒人と会うようになって、気が付いたら好きになっていたんです。数日前に黒人とお付き合いを始めました」
なずなは、そこで一度息を吐いてから、また話を続けた。
「それから、黒人の様子がおかしくなったんです。なんて言えばいいのかわからないけど、表情が怖くなったんです。妖しさがある、みたいな。今までそんなことは一回もなかったんです。一番おかしいと思ったのは、黒人が妖を傷つけていることです。防衛のため、とかじゃなくて、何かの目的のためにしているような感じで。黒人の身に何が起きているのか知りたい。けど、私は人だから、したくてもできない。だからと言って、何もしない訳にはいかなくて」
なずなの両目に、涙がだんだん溜まっていく。
黒人が姿を消した数日前に、黒人はなずなの事を優しい人の子と言っていたのを思い出した。黒人の言うように、なずなは優しい心を持った人の子だった。
「それで困っていたら、私のおばあちゃんが幽世へ行って閂様に聞いてごらんって、言われました。それで幽世に来たんです」
「そうですか。話をありがとう」
「いえ……」
なずなは、浮かんだ涙を着物の袖口で拭っている。
なずなは、人でありながら黒人を助ける為に幽世まで来たというのは理解できた。なずなの祖母が幽世への行き方を知っているのは、少し気になる。けど、今は考える必要はない。
「実は、僕たちも黒人の行方を追っているんだ」
「そうなんですか?」
「うん。黒人とはある事情で定期的に連絡を取っていてね。ここしばらく連絡が取れなくなったから、心配していたんだ」
「そうなんだ……」
なずなは、黒人の事を考えているのか目を伏せている。
やはり、黒人の身に何かが起きているのは間違いない。そして、現世での黒人の居場所を把握できるなずながいる。それなら、現世に行って黒人を探し出せるかもしれない。
絃は、少しだけ月人の顔を見ると丁度、目が合った。月人は軽く首を縦に振っている。どうやら、考えていることは同じみたいだ。
「花立さん、黒人とはいつもどこで待ち合わせをするんだい?」
「えっと……、鞍馬山の奥にある開けた草原と枝垂れ桜が咲いているところです」
「そうか」
そこに行けば、黒人と会えるかもしれないと思った。
「あの、それが何か?」
なずなは、聞いた理由が気になったようで、きょとんと不思議そうな顔をしている。
「黒人に会うために、僕たちも現世へ行こうと思ってね。案内してくれるかい?」
「え、あ、はい」
なずなは、驚いたのか言葉が詰まりながら、返事をした。
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