第8話 勇者パーティーに勧誘されて困ってます(その1)

 勇者、それは、圧倒的な力を持つ人類の敵…魔王に対抗するために異世界より召喚された、超常的な力を持つ英雄のことである。

 そしてそんな勇者が今、魔女の館へとやって来ている。


 異世界より召喚されし勇者の名はユヅキ。

 黒髪黒目で眼鏡をかけた、十七歳の生真面目な少女である。


「この家が、伝説の大魔女が住んでいる家でいいのよね。……では、ごめんくださーい」


 勇者ユヅキは魔女の館の扉をノックしながら魔女に呼び掛けた。

 しかし家の中からは何の返事も帰ってこない。


「留守…なのかしら? でも扉に鍵はかかってないみたい…。ここ、薬を売っているお店のようなところって話だったけど、入っても大丈夫なのかしら? うーん……」


 ユヅキは家の中に入るべきなのかどうかを迷いながら、扉の前をうろうろとしている。

 だがそんなユヅキの耳に、どこからか人の声らしきものが聞こえてきた。


「もしかしてこれ、魔女の声?」


 そう思ったユヅキは、すぐさまその声の出どころのほうへと向かった。

 そしてやって来た場所は、館の隣に作られていた大きな花壇。

 そこではどこからどう見ても魔女としか思えないような格好をした者が、満面の笑みを浮かべながら花壇に水を撒いていた。


「うふっ、うふふふふっ…。お花さんたち、お水ですよー。元気に育って、きれいなお花を…っ!」


 花壇に水を撒いていた魔女は、ユヅキがこの場にやって来ていたことに気づいてしまった。

 すると、先ほどまでにこやかだった魔女の表情は突然冷たい目つきに変わり、この場にやって来たユヅキに声をかけてきたのである。


「あら、初めて見る顔ね。こんな所に何の用かしら?」

「わ…私は勇者のユヅキといいます。伝説の大魔女と言われているアリアさんに会いに来たのですが、あなたがそのアリアさんですか?」

「伝説の大魔女などと名乗った覚えはありませんが、アリアはわたくしですわ」

「やっぱり! 一目見たときから間違いないと思ってました。あの植物に語りかけながら水を撒いていたのは、何かのまじないみたいなものなんですよね。魔法薬の素材とかを育てるための…」

「え…ええ、その通りですわ」


 実際にこの花壇で育てられていたのは、アリアがただ趣味で育てているだけの、ごく普通の観賞用の花である。

 だが、魔女が可愛いお花さんに笑顔で語りかけていた…などと思われないためにも、アリアはユヅキの見当違いな予想を肯定するしかなかった。


「ところでユヅキさん、あなた、先ほど勇者と名乗っていたようだけれど…」

「はい、私は異世界から召喚された勇者です。これがその証拠です」


 ユヅキはアリアに一枚の紙切れを見せつけた。


「何ですの?この紙切れは」

「王様に書いていただいた勇者証明書です」


 確かにその紙には、これを持つ者は王家が異世界より召喚した勇者である…みたいな内容と共に、国王のサインが書かれていた。

 だが、王宮とは何の縁もない者にとっては、国王のサインが本物かどうかなど分からないうえ、むしろこんなものを差し出されたことで余計に怪しく感じてしまう。


「……………」


 アリアは明らかに疑いの目をユヅキに向けている。


「あのっ…あのあのあのっ、それは本当に本物ですから、どうか信じてくださいっ!」


 おかげでユヅキは相当テンパってしまったようだが、そのテンパっている様子がとても人をだます人間のそれには見えなかったため、とりあえずアリアはユヅキの話を信じることにした模様。


「まあ、いいですわ。わたくしに話があるのでしたら、中で聞きますわ」

「ほんとですか?アリアさん。ありがとうございます」



 こうしてアリアに家の中へと招かれたユヅキは、そこでさっそく今回ここに来た理由を告げるのであった。


「アリアさん、まず単刀直入に用件を言わせていただいてよろしいですか?」

「ええ、構いませんわ」

「それでは……アリアさん、どうか勇者パーティーに入って、私と一緒に魔王を倒してください」


 真剣な目つきで、誠心誠意アリアにそう頼み込むユヅキ。

 だがしかし…


「お断りさせていただきますわ」


 当然のごとく即断られた。


「ど…どうしてですか?アリアさんっ! アリアさんは大賢者様をも超える魔法が使える、伝説の大魔女なんですよね? それなら魔王にだって…」


 アリアがなぜ断ったのか、それはもちろん魔力0な偽物の魔女だからであるが、そんなことをここで正直に言うわけにもいかない。

 そこで、アリアは別の理由を考えた。


「ユヅキさん、あなたは何もわかっていませんわ」

「えっ?」

「勇者の仲間に必要な能力は、戦闘における強さだけにあらず。最も重要なのは、冒険に適しているかどうか…ですわ」

「それは…どういう…」

「わたくしは険しい山道を歩いたこともなければ、野宿したこともない貧弱な存在。そんなわたくしが、魔王討伐の旅についていけるとお思いで?」

「はっ!」


 先ほどのアリアの言葉に、ユヅキは大きなショックを受けている様子。

 だがユヅキのこのショックは、アリアに仲間になれない理由をはっきりと告げられてしまったから…ではなかった。


「私も…無理です。インドア派なので、山に登ったこともキャンプしたこともないです。王都からここまでも馬車で来ました」


 そう、ユヅキ自身も全く冒険には向いていない存在だった。


「アリアさん、私、どうしたらいいですか? 私このままじゃ、魔王のもとにたどり着くことなんて出来ません。このままじゃ、このままじゃ……」


 自分は冒険に向いてない人間だということに気づいてしまって、このままでは魔王を倒せないとひどく焦っているユヅキ。

 だが…


「そんなに焦る必要ないのでは?」

「えっ?」

「確かにこの国は過去に何度か、魔王軍の脅威にさらされたことはありますけど、少なくともわたくしが生まれて以降、魔王軍が攻めてきた…などという話は聞いたことがありませんわ。どうせあなたが召喚されたのも、万が一のときに備えて…というだけで、緊急を要するような事態ではないのでしょう」


 アリアの話の通り、現状魔王軍に属する魔族たちは、人間の国に侵攻するような動きは一切見せていない。

 つまり本来なら、慌てて魔王を倒しに行く必要はない…はずなのだが、ユヅキにはどうしても魔王討伐を急がなければならない理由があった。


「だめです…。一刻も早く魔王を倒さなければ、この国は終わってしまうかもしれません」

「あなた、いったい何にそんなにも怯えて…」

「今この世界には、魔王よりも危険かもしれない存在がいるんです。それをどうにかするためにも、私が早く魔王を倒さないと……」


 ユヅキのずいぶんと切羽詰まった様子を見て、アリアもその魔王より危険かもしれないという存在が少し気になり、ユヅキに尋ねた。


「その危険な存在って、いったい何なのかしら?」

「それは……勇者です」

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