第66話
翌朝、元気になったアルは手紙を見て、私と同じように激怒したが、彼の怒り方は私と違った。
「へぇ……そうか。オースティンはオレに……ふーん……しかけてくるか。敵とみなして良いのかな」
声は静かなのに、その中には怒りが込められていて、怖い。冷ややかで絶対零度の空気が流れている。
しかし手紙を置くと、フランの方を見た。その目は優しかった。
「フランはこの手紙のせいで、たくさん悩んだんだろう?辛かったな」
その言葉に素直にハイと頷くフラン。
「フラン、オレは前にも言ったが、この先も三人でいる未来を描いている。いいか?邪魔だとも思わないし、大事な息子だって思ってる」
……本当にこれは契約上のものなの?そう思わせるほどにアルの声音には感情がこもっている。
「きっとオレが公爵じゃなくても、2人のこと好きになっていたよ」
公爵じゃなくても!?公爵家のために私とフランのことを手に入れたかったと言った彼。それなのに修道院では前から、私のこと気になっていたと知った。フランに向けて言っている言葉なのに、私にも言っているような気がした。
なぜならアルはフランだけでなく私にも視線を向けていたからだった。
「お父様、ごめんなさい……僕、お父様と母様が、幸せになってくれたらいいなって思ったんです。僕がいたらなれないなら……いないほうがいいのかって……」
私はそんなわけないじゃない!とギュッとプランの手を握る。アルも近づいてきて、フランのもう片方を握る。三人で手を繋ぐ。
本当の年齢よりも普段は大人びて、しっかりしているフランが幼い子どもの顔に戻った。くしゃりと顔を歪めた。
うわーんという泣き声がしばらく響いた。そして泣きたいだけ泣いたフランはスッキリしてヴォルフと剣の練習するんだと言って元気に外へ飛び出していった。
子どもってわりと切り替えが早いのよね……と私はその背中に笑いかける。
部屋には私とアルが残った。
「シア、オレは君に言っていないことがあった」
ドキリとした。
「な、なにか?」
「隠していたわけじゃない。こんなことになるとは思わなかったんだ」
「えっ……ええ?」
アルがはぁ……とため息をついた。この流れはなんの話!?さらに鼓動が早くなる。
「陛下がフランが『王宮へ戻る』と言った時は帰すようにと言っていた。それがフランを公爵家においておける条件だったんだ。だからオースティン殿下だけてなく、背後に陛下がいるかもしれないとオレは今回のことで予測している。重要なことなのに、言ってなくて悪かった」
……なんだ。そういうことなのね。私は愛の告白でも……いやいやいやいや!何考えてるのよーーっ!こんな大変なことを打ち明けてくれてるというのに!バカ!私のバカっ!私、しっかりしなさいよ!
「へ、陛下が!?」
いろんな複雑な胸中を見事に隠して、私は聞き返した。
「オレの女アレルギーの体質をイザベラが見抜こうとして、今回女性たちを利用し、近づけた。帰ろうとしたところ、女性の壁を作られ、その中の一人が転びかけたところを助けるために触れてしまった」
「そういうことだったのですね。アルも大変でしたね……でもイザベラはなぜそんなことを……」
アルのアレルギーを暴いて何になるのかしら?イザベラになにが利点があるのかしら?
「オレと君の結婚が偽物だと確信を得たかったのだろうと思う。周囲を騙していたと大声で叫び、皆の信頼を失墜させることが目的かと」
「まだオレの考えでしかないが……だけど何があっても、誰が敵になろうとオレはシアとフランを守る」
『アル』と私が名を呼ぶと彼は優しく微笑んだ。
……これは契約しているから守ってくれるの?それとも……?
そう口にしたかった。聞いても良い?
「シア、オレ……」
言いにくそうにアルがなにか言おうとした。
「なんでしょう?」
「頼みがあるんだ」
「はい?私にできることならば、なんでも言ってください」
アルがなんでも?と繰り返す。私はええと笑って頷く。
「いつまでもこんな女性で体調を崩している自分が情けない。……で、その……シアなら触れてみたいという気持ちになるんだ。少し触れてみてもいいかな?と聞きたかった」
ふふふふふっ触れてみたい!?えええええ!?
私は焦る。アル!?言ってる意味はどこからどこまでなんですー!?聞き返すのも怖い!
「まずはっ……昨日、倒れたのですから、お身体を労ってくださいっ!治ってからですっ!失礼します!」
私はバーーッとまくしたて、部屋から慌てて、飛び出したのだった。
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