第60話
修道院長はオレとシアの様子を見て、納得したらしい。シアに向かって尋ねる。
「二人が互いに信頼しているのが伝わりましたよ。あなたはクラウゼ公爵の元へ帰ってもよろしいのですね?」
シアがハイとうなずいた。修道院長を強い意思を持った目で見ている。こんな揺るぎない目を彼女はしていただろうか?そして口を開く。
「私、アルがいる場所へ戻りたいです。私がなくしていた安心できる場所をくれたアルには感謝しかありません」
シアのその言葉にオレは動揺しつつも嬉しくなる。
「安心しました。あなたは我慢してしまうところがあるようですからね。相手に嫌なことをされても我慢をするというのは相手のためにもならないことがあります。シアは忍耐と我慢は違うことを覚えておくとよいですよ?」
修道院長がフフフと優しく笑って表情を崩した。
「修道女になるより、公爵夫人のほうが合っていると思いますよ。あなたの目からは強い心が感じられます」
「いえ、私なんかが、本当に公爵家で役立つのか立たないのかわかりません」
謙虚なシアにオレはポツリと言い返す。
「役に立つ立たないとか向き不向きなんていいんだ。オレは早くに両親を亡くしたから、フランとシアは傍にいて、笑ってくれるだけでいい。一緒に暮らしていると、なんだか心が温かくなるんだ」
シアがオレの顔を見返した。その顔はどこか泣きたそうにも見えた。
――帰ろう。家へ。
そう二人で帰れる嬉しさがオレとシアにあった。ここで手を繋げたらなぁと思ったが、口に出さなかった。
帰り際にシアは言った。
「そういえば、アル、その重そうな鞄はなんでしょうか?」
オレがめんどくさそうに持ち上げた鞄に首を傾げるシア。
なんでもないよとオレは笑う。
―――良かった。もしシアを引き渡してくれなかったら、鞄の中の金でなんとかしようと思っていた。隣の部屋にシアがいたとは知らずに金で解決するところだった。危ない危ない。
金がなくて経営に困っている修道院というのはわかっていた。これは善意の寄付って形にして、良い人ぶっておこう。
シアに軽蔑されるような男には……夫にはなりたくないからな!
「そういえばいつからオレと修道院長の話を聞いていたんだ?」
シアはいつからいたんだろう?いつから聞かれていたんだ?オレが尋ねると、シアの頬が赤くなった。これは……もしや……。
「……最初からか」
はあ……と顔に手を当ててオレは嘆息した。これじゃあ、シアとオースティン殿下の結婚式から思い続けていた、ストーカーみたいじゃないか?大丈夫か?オレ?気持ち悪い男になってないか?やってしまった!!
「す、すいません。私、よけいなこと聞いてしまったのでしょうか?……でも、私、アルがそんなふうに思っていたことをきいて、本当に本当に嬉しかったんです」
大丈夫そうだった。良かったと安堵する。
「私、結婚式は嫌で嫌でたまらなかったんです。でもその日があったからこそ、アルと今ここでこうやって一緒にいれるのですね」
シアを見て、オレはうなずいた。
あの日感じた気持ちはしまっておこうと思っていた。それは正解の道ではないから、公爵家として完璧であるべきだと思っていたから……でも忘れてなくて良かった。
君といる時間がずっと続けばいい。オレはそう思っている。シアの笑顔が見れるならそれでいい。こんな女性に触れることができないやつなんて、きっといつかシアは嫌になって離れてしまうかもしれないけれど、今だけは……ちょっとうぬぼれていいかな?オレのこと、シアは好きなんじゃないかってね。
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