第56話

「神へ感謝の祈りを捧げましょう」


 延々と祈りの言葉が続けられている。私は手を組んだまま、ずっと下を向いている。周囲には同じようにしている修道女たちがいる。薄暗い、たよりない、今にも尽きてしまいそうなろうそくが数本揺らめく。


(まだ終わらないのかしら?)


 じっとしていることに飽きてきた私が隣の修道女の服をひっぱると静かにしてとばかりに目で合図を送られた。皆、真面目で、真剣な様子だった。


「シア。どうしましたか?」

 

 突然名指しされる。ギクリとした。周囲の修道女たちの視線が突き刺さった。


(えっ……えっと……その……)


 退屈で、座りすぎてお尻も痛いですと声に出さずに済んでよかったかもしれない。正直に言っていたら、怒られていそうだ。ただ、オロオロしている私に地位がありそうな修道女がほほ笑む。


「まだ入ってきたばかりですから、ここのやり方に慣れていくのは時間がかかりそうですね。しかし、お祈り中に集中できないとなると……罰を受けなければなりません」


 そういわれて、私に罰を与えらえた。


 寒い中、井戸から水を汲み、雑巾を絞って、階段を拭いていく。


「あら。お祈りが苦手な修道女さん。こっちも汚れてるわよ」


 あのスープを奪った修道女が突然現れてそういうと、拭いたところに土を落としていく。な、なんて根性悪いの!?


(私、あなたに何かしたかしら?)


 思わずそう言いたくて、ジッとみつめる。相手に伝わったらしく、顔が険しくなった。


「貴族で生まれて、ぬくぬくと育ち、偉い人と結婚して、何が不満なの?贅沢できるんだから、多少の苦しさは我慢すべきでしょう。皆の噂の中で、あなたは馬鹿よねって話をされてるわよ。なんのためにここへ来たの?馬鹿でしょ?」


(そんな楽をしてきた覚えはないし、ここへ望んできたわけじゃないの)


 彼女の言い分に、言い返すこともできず、困ってしまった。むしろ苦難の連続だったと思うんだけど。


「わたしはね。農家の6番目の娘に産まれたの。毎日毎日、畑仕事をして、弟の世話をしていたの。一生懸命していたのに、ある日、人買いに売られたのよ。必死で逃げて逃げて、ここの修道院にかくまってもらえたの」


 それなのにと両手を広げる。どこかあきらめたような顔。


「ここでも貧乏で、まともに食事がでなくて、お腹をすかせていて、毎日退屈な作業ばっかり!お金がないのに、この修道院ってば、他の民に施してばかりだもの」


(出られないの?不満ならここから出たらいいんじゃないの?)


 私が指をさして、出ていくという身振りをすると、さらに彼女の怒りは燃え上がった。あ、失敗した。と思った時には遅かった。汚いバケツを彼女は手にして、私に向かってバケツの水を思いっきりかけた。


 ポタポタと修道服や髪の毛から雫が落ちる。水の冷たさが体に染みてくる。


「世間知らずのお嬢様は嫌なのよ!大っ嫌い!ここから出たところで、良いことなんてなんっにもない!」


 ガシャンとバケツを蹴飛ばして、去っていった。私は寒さで震えながら、残りの仕事をこなしたのだった。根性だけは鍛えられている。こんなことでは負けないわ。

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