第54話
アイヴィーとその父は捕らえて、公爵家へ送った。シリルがそれに付き添う。オレとジャネットはその足で急いで、ワギュレス修道院へ馬を駆けさせる。ジャネットが男の服装をしている。どうした?と尋ねると『馬に乗りにくいですし、動くことをかんがえたらメイドの恰好をしている場合ではないので、しかたなくですよっ』と久しぶりに男バージョンのジャネットを見せてくれたのだった。
それくらいジャネットはシアを好きになっているし、ヴォルフはフランのために殴られても解雇されても良いと思うくらいになっているし、二人は公爵家の人々に少しずつ馴染んできて、皆の心を捉えていっている。
その中にはきっとオレもいる。シアとフランが来てくれて、公爵家の雰囲気は変わった。そう感じる。明るくて柔らかな日差しが差し込んだような……そんな感じがする。
オレとジャネットの馬が風をきって駆けていく。シアを取り戻しにいく。その思い一つで衝動的に行動してしまっている。
オレらしくないな……。
いつもなら、根回ししてるよなと思う。何事もスムーズに確実にするための段取りは惜しまずしてきた。しかし今はその時間すら惜しいと思うのだ。
「ここです!旦那様!」
ジャネットが馬を止める。古びているが、しっかりとした塀に囲まれて、三角の屋根が見えた。このあたりでは一番大きな修道院だ。どうやってアイヴィーはシアをここにいれたのだろう?厳格で有名なワギュレス修道院だぞ?
オレは門番に声をかける。
「クラウゼ公爵だ。訪問する許可を得ておらず、非礼だとは思うが、修道院に入れてほしい。会いたい人がいる」
門番が目を見開いた。驚いて、二人のうち、一人の門番がお待ちくださいと中へ慌てて、消えていった。それからしばらくして、出てきたのは一人のシスターだった。
「おひきとりください。クラウゼ公爵様ともあろう方がわざわざご足労いただきましたことに驚きを隠せませんが、あの女性は私共が匿っております」
「匿って??保護しているという意味なのか?」
そうですと頷かれた。どういうことだ?
「何から匿っているんだ?」
「ご自身の胸に手を当て、神の前で嘘偽りのないことを告げてみたらいかがでしょう?」
ま、まさか!?契約上の婚姻であることがバレたのか!?シアが話してしまったのか!?オレはサーーーーッと青ざめた。
「旦那様、何、動揺してるんです?しっかりしてください」
ジャネットが横から言葉を挟んだ。そうだ。冷静になれ。そんなわけないだろ!?シアが契約に不満を持っているならともかくだ。彼女にそんな雰囲気はまったくなかった!後ろめたいことと言えば、それくらいしか思い浮かばない。あとは……オレが女が苦手なことは修道院的にはまったく問題ないことだろうから大丈夫だよな!?
「……いや、思い当たらない」
オレが平静さを必至で装って、そう言うと、後ろから年配のふっくらとした修道女が出てきた。手には紙を持っている。
「これをご覧ください。シア様がお持ちになったものです。握りしめ、修道院の裏口に倒れていたのですよ」
紙をオレに手渡した。なんだこれ?パッと目通す。
『私はシアというものです。クラウゼ公爵の妻に間違えてなったのですが、彼にはひどいことばかりされています。無理やり結婚させられ、子どもを奪われ、私に関心がなく、時には暴力や私のことを否定するような言葉を怒鳴り散らされます。また酒癖も悪く、酒を飲むと豹変するのです。怖くて夜も眠れず、やっとの思いでここまで逃げてきました。どうか私を哀れとお思いでしたら、助けてください』
横で手紙をのぞき込んできたジャネットが『◯✕△っ!!ぎゃ!!◯✕っ!?』と、何を言っているのかわからない声をあげている。表情は怒りを隠すことなく、顔を真っ赤にしていた。
「だ、旦那さまっ!読むに堪えませんっ!!この手紙はなんですかっ!ひどすぎますよ!」
「わかっている。……これはシアが書いたものではない」
オレとジャネットが手紙を見て、シアではない!とはっきりと言った。それにこんな事実もない!と。それなのに修道女は厳しい表情を崩さなかった。
そしてはっきりと言った。
引き渡すことはできません。
オレとジャネットは顔を見合わせる。どうしたらシアをここから出すことができるんだろう?誤解と疑惑を゙どうやってはらす?
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