第38話
アイヴィーのことをすべて語らなかったが、アルに酷いことをしたのは間違いないようだった。自信に満ちあふれている彼があんな顔色になるなんて……。
シリルとジャネットは……もしかしたら、ヴォルフも知っていてアルがとても傷ついているから、掘り起こすなという意味だったのかもしれない。
私はアルのことをもっと知りたいと思ったけれど、やめておいたほうがいいのかもしれない。きっと彼が私に知ってほしいと思う時がくるかわからないけど、その時を待つべきなのかもしれない。
本命がいた!疑惑は晴れたけれど、なんとなく後味が悪かった。
「シア様、そろそろお時間です」
「あっ!本当ね。お茶会に遅れちゃう!今日も完璧な装いをありがとう」
ジャネットがとんでもありません!と嬉しい顔をした。
「シア様を飾れる楽しさ、この公爵家の奥様を美しくできる光栄さ。本当に嬉しいのはあたしや公爵家の皆の方です。奥様を迎えることができたことに安堵してるんです。どうかアルバート様をよろしくお願いします」
深々とお辞儀するジャネット。アイヴィーのことがあってから、私がアルに愛想をつかすことがないか!?と心配していたようだった。
「大丈夫よ。私のほうがアルに受け入れてもらってるもの。私だって、アルのこと受け入れたいの」
「それを聞いたら、旦那様、とても喜びます」
ニコニコとジャネットと私は笑い合った。
そんなほのぼのとした空気はお茶会に出た瞬間に消えた。今日は私と同じくらいの年代のお茶会と聞いていたが、若い令嬢達もちらほら見られた。そして……その中に……アイヴィーがいたのだった。
「あら?殿下に嫌われ妃のバツイチ奥様が来ましたわよ」
アイヴィーのその一言でお茶会の空気が嫌なものに変わった。ジロジロと他の令嬢たちが私をみてきたのだった。
私は気にせず主催の方にご挨拶し、席に座る。
「どんな汚い手でアルを゙落としましたの?もしかして色仕掛け?」
「アイヴィー様、それは無理ですわ。わたくしの旦那様がいってましたけれど『色気がない』『女性として魅力がない』と殿下が話していたって!」
オースティン殿下め……私の知らないところで悪口を言ってたのね!……じゃなくて。アイヴィーは自分の取り巻きを引き連れて攻撃してきているらしい。
クスクスと笑う周囲の令嬢達。その中でアイヴィーが意地悪な顔をした。優しいアルをあんな顔にこの人がさせたのね。
そう……。
私は扇子を開いて口元を隠す。そして目はまっすぐ相手を見据えた。
「私、もう以前のことは良いのです」
言い返してくると思わなかったのか、えっ?という顔をする人達。
「私は今の旦那様が、良いと言ってくれるのならば、それで良いと思っております」
ザワリとする令嬢達。
「今のって……もしかしてクラウゼ公爵様ですわよね?」「確かにオースティン殿下より……」「クラウゼ公爵様に愛されてみたいですわね」「笑顔を向けられたいですわー!」「あの方、女性と噂はあったけど、なかなか落ちないという方でしたよね」「特別な方は作らないと言ってましたわね」
会話が弾みだす。アイヴィーが、私を見てニッコリ笑う。
「みなさーん?クラウゼ公爵様を射止めたかたの音楽を聴かせてもらいたいわよねぇ?どんな立派な女性なのか見せてもらいたいわぁ」
「音楽……」
そこにある楽器、飾り物かと思ってたが、何種類もの楽器が並べてある。
「できないわけありませんわよね?」
アイヴィーが得意げにピアノの前に座って奏で出す。その音色は綺麗で完璧だった。一度も失敗することなく、難解な曲を弾き終える。
パチパチと私は素直に拍手する。
「な、なにを拍手してますの!?あなたの番よ!」
なぜか怒る。
「私は……えーと……」
「できないわけありませんわよね!?まさかクラウゼ公爵ともあろう方が、レベルの低い女性を選ぶわけありませんもの!」
アイヴィーが皆に賛同を求める。そうですわよねー!と若い令嬢たちが私とアイヴィーの戦いを好奇心たっぷりに見ている。
私が言われるのはいいわ。だけどアルに迷惑かけたくはない。
バイオリンを手にする。
弦を弾くと、音が響きだす。
「まあ……バイオリンですって!」「すごいですわ」「よくわからないわたくしも聞き入ってしまうわ」「素晴らしいわね」
貧乏な家だったけど、父はバイオリンをよく弾いていた。それで多少は私もできる。父に比べると本当に多少だけど、音色だけは良いと言われていた。
私が残りの小節を終えようとした時だった。
パリン!!と陶器の割れる音で、止まってしまった。
割ったのはアイヴィーだった。険しい怖い顔をしていた。
「もうけっこうよ!」
そう言い捨てて、出ていったのだった。
私はその後、お茶会で令嬢達にアルとのことをあれやこれやと聞かれて困ったのだった……。
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